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タイヤの販売で、車の特許が消尽するかどうかの考察2

2012.08.04

伊藤 寛之

「タイヤの販売で、車の特許が消尽するかどうかの考察」という記事でのコメントに対する回答です。
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> とても興味深い議論をお示しいただき、ありがとうございます
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> 前の別の記事にコメントさせていただいた論点につきまして、こちらの記事で詳細な考察をされたとのことですが、まだよく分からない点があります。
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> 【請求項1】の「〇〇という特性を持ったゴムからなるタイヤ。」と、【請求項2】の「〇〇という特性を持ったゴムからなるタイヤを備えた車。」は、あくまでも別発明ですよね。
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> なので、これらの発明を別々の出願としても、相互に39条1項又は2項の拒絶理由や無効理由は生じないはずです。
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> 特許権者ブリジストンが販売したのは、あくまでも「タイヤ」であって、「車」ではないので、当該「タイヤ」は、「〇〇という特性を持ったゴムからなるタイヤを備えた車。」という特許発明の実施品ではなく、特許製品には該当しないのでは。
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> BBS最判も、あくまで「特許製品を譲渡した場合」に、特許権が消尽すると判示しています。
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> タイヤを車に取り付けて販売することは、タイヤの販売時点で分かっているとしても、「車」についての特許権を行使することが何故二重利得になると言えるのか、やはりよく分かりません。
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> ちょっと考え直して、そもそも、「〇〇という特性を持ったゴムからなるタイヤ。」と、「〇〇という特性を持ったゴムからなるタイヤを備えた車。」とは、「〇〇という特性を持ったゴム」を車のタイヤに用いた点で、先行技術に存在していた何らかの課題を解決し特許性が認められた、実質的に同一の発明である、ということなら、理解ができます。
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> その場合、これらを別々の出願でクレームしても、相互に実質的に同一の発明となり、39条1項又は2項により拒絶・無効になるということになると思いますが、現行の特許庁の運用とは整合しないですね。
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> また、そもそも、トヨタはブリジストンにとってタイヤの納入先であり重要な取引先なので、ブリジストンが「車」の特許権を行使すること自体があり得ない話でしょうが、ブリジストンが「車」の特許権を持っていれば、タイヤの販売の際の価格や契約内容が変わってくるということは、あるのでしょうか。
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この論点を考えるに当たって、参考にあるのが米国最高裁のLG事件です。この事件では、部品の販売によって、完成品の特許が消尽するかどうかが争われ、部品が、完成品の特許の本質的又は発明的な特徴を実施する場合には、完成品の特許が消尽すると判断されました。この事件については、記事がたくさんあるので、研究してみてください。
例えば、http://www.mofo.jp/topics/legal-updates/tlcb/160.html
日本では、部品の販売によって完成品の特許が消尽するかどうかを明確に示したものがないですが、BBS事件判決の以下の下線部分の判示が参考になります。タイヤが当然に車に使用される場合にはそれを考慮した上で譲渡の対価が決定されるのであるから、タイヤ以外に特徴のない車の特許の消尽を認めても特許権者の不利ならず、
かつタイヤ以外に特徴のない車の特許の消尽を認めなければ、タイヤを購入したものは、それを車に取り付けて販売するために、特許権者の許諾が必要となり、取引の安全が著しく害される点を考慮すれば、タイヤの販売によって、タイヤ以外に特徴のない車の特許も消尽すると解釈するのが、BBS判決に沿っていると思います。
また、別の言い方では、車に取り付けて使用するのが唯一の用途であるタイヤを購入して、そのタイヤを車に取り付けることは、タイヤをその用途に従って使用することですが、購入品の自由な使用を認めるのがBBS事件の趣旨であるので、その観点から、タイヤ以外に特徴のない車の特許の消尽が成立すべきとも言えます。もちろん、タイヤを特殊な構成の車に取り付けることは、唯一の用途にならないので、タイヤ以外に特徴のある車の特許は消尽しないと解釈すべきだと思います。
BBS事件の趣旨は、特許権者の利益と社会公共の利益とのバランスを図るように、権利行使を認めるべきかどうかを判断すべきであるとのことですが、車に取り付けて使用するのが唯一の用途であるタイヤを購入して、そのタイヤを車に取り付けて販売した場合に、タイヤ以外に特徴のない車の特許の権利行使を認めることは、バランスが著しく欠いています。
また、BBS事件は、「特許発明の公開の代償」という点を強調しています。タイヤ以外に特徴のない車の特許では、特許権者は、タイヤ以外には何も開示していません。新規なタイヤを公開した代償として、タイヤの販売による利益を得た後に、新たな開示が何もないクルマの特許の権利行使によって、さらなる利益を得ることは、二重利得であると言えるでしょう。事実上、「新規なタイヤを公開した代償」について、利益を二度得ることになるからです。
タイヤと車が39条違反にならないことは、二重利得にならないことの根拠にはならないと思います。39条違反の趣旨は、「同じような特許を2つも必要ないやろ」程度のことですので、新たな開示がなくても発明の対象が異なっていれば39条違反とはならないはずであり、2つの特許が「特許発明の公開の代償」という観点から同一かどうかという問題とは無関係です。
部品メーカの特許では、「その部品を用いた完成品」というクレームを最後の方に設けることは、一般的に行われています。部品を購入しても、「その部品を用いた完成品」というクレームが消尽しないのであれば、結局、完成品メーカーは、その部品メーカーからライセンス許諾を得なければなりません。
3段階になるとさらに複雑になります。
【請求項1】〇〇という特徴を有するゴム
【請求項2】請求項1のゴムでできたタイヤ。
【請求項3】請求項2のタイヤを有する車。
タイヤメーカは、ゴムを購入した上で、ゴムメーカーからタイヤ製造・販売のライセンス許諾を得て、
車メーカーは、タイヤメーカーからタイヤを購入した上で、ゴムメーカーから車製造のライセンス許諾を得る必要があります。
正規品のゴムを使って作られた正規品のタイヤを購入したのに、ゴムメーカーが、「ゴム以外に何の特徴もない車」の特許の権利行使ができれば、権利関係が極めて複雑になってしまいます。
4段階、5段階になるものもあるでしょう。トヨタは、一体、何社とライセンス契約を結べば、車が作れるのでしょうか?そのような状況は防ぐべきだというのがBBS判決の趣旨だと思います。
BBS事件では「特許製品を譲渡した場合」については消尽が成立すると述べており、部品と完成品の場合については何も述べていません。従って、この判決の射程が「特許製品を譲渡した場合」に限るのか、それとももうちょっと広げて解釈すべきなのかは、推測するしかありません。その推測の根拠となるのが、判決文で示された、利益のバランスや取引の安全という概念ですが、上記の通り、これらの要素を考慮すると、「タイヤ以外に特徴のない車の特許」にまで消尽の成立の範囲を広げるというのが判決の趣旨に沿ったものだと思います。
(1) 特許法による発明の保護は社会公共の利益との調和の下において実現されなければならないものであるところ、(2) 一般に譲渡においては、譲渡人は目的物について有するすべての権利を譲受人に移転し、譲受人は譲渡人が有していたすべての権利を取得するものであり、特許製品が市場での流通に置かれる場合にも、譲受人が目的物につき特許権者の権利行使を離れて自由に業として使用し再譲渡等をすることができる権利を取得することを前提として、取引行為が行われるものであって、仮に、特許製品について譲渡等を行う都度特許権者の許諾を要するということになれば、市場における商品の自由な流通が阻害され、特許製品の円滑な流通が妨げられて、かえって特許権者自身の利益を害する結果を来し、ひいては「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」(特許法一条参照)という特許法の目的にも反することになり、(3) 他方、特許権者は、特許製品を自ら譲渡するに当たって特許発明の公開の対価を含めた譲渡代金を取得し、特許発明の実施を許諾するに当たって実施料を取得するのであるから、特許発明の公開の代償を確保する機会は保障されているものということができ、特許権者又は実施権者から譲渡された特許製品について、特許権者が流通過程において二重に利得を得ることを認める必要性は存在しないからである。

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