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29条の2の「同一」の判断が広く適用された事件

2010.12.08

伊藤 寛之

29条の2の発明の「同一」を理解する上で重要な判例(記録紙事件)
上記の判例で詳しく説明していますが、29条の2の判断では、先願発明と本願発明の構成がちょっとくらい違っていても、「記載されているに等しい」とか「周知慣用技術の適用であって、新たな効果がない」だとかいう理由に基づいて、「実質的に同一」と認定されます。
以下の判決は、いくつかの構成要素が異なっているにも関わらず、実質的同一であると判断された事案です。


平成 17年 (行ケ) 10207号 審決取消請求事件
(3) 前記(2)のとおり,第1先願発明は回転数制御装置の出力周波数で送風機モータの回転数を制御するものであるが,先願明細書1には,「インバータ」そのものを表現する明示的記載はない。
ア しかし,先願明細書1に従来技術として記載された特開昭61-276623号公報(乙第8号証)には,「インバータの周波数を変えて送風誘導電動機の回転数を微調整できるようにしたボイラ燃焼炉の空気量制御装置」(特許請求の範囲第1項)との記載がある。また,ボイラ等における送風機の回転数制御装置としてインバータを用いることは周知技術であることは,原告も積極的に争っていないし,乙第15号証(「機械工学便覧」社団法人日本機械学会編・1987年4月15日新版発行)によれば,第1先願発明の出願当時(平成6年12月20日),「インバータ」は可変電圧可変周波数の電力変換器として一般的なものであることが当業者の技術常識であったことが認められる。
そうすると,先願明細書1に接した当業者であれば,第1先願発明における回転数制御装置の出力周波数で送風機モータの回転数を制御するものについて,明示的記載がなくても,少なくとも「インバータ」を用いるものをその具体的手段として理解することができるというべきである。
イ 原告は,周知技術であることが直ちに開示があることにつながるとした審決の判断は違法であり,明細書中に開示があるか否かを判断するときには,明細書の補正に関する審査基準と同様にすべきであると主張する。
しかし,原告が指摘する審査基準は,明細書等の補正に関する運用上の考え方を示したものであって,第1先願発明の技術内容をどのように理解するかということとは直接関係しない。また,審決は,単に周知技術であることが直ちに先願明細書1にインバータの開示があることにつながると判断したものでないことは,その説示に照らし明らかであり,第1先願発明の「回転数制御装置」の技術内容を理解するに当たって,先願明細書1の記載事項とともに周知技術を参酌した審決の判断手法に違法な点はない。
ウ 原告は,「回転数制御装置」に含まれる具体的手段が複数あるから,「回転数制御装置」という記載しかない以上,一般的であるとか,二者択一という手法によって,「回転数制御装置」がインバータを意味すると判断することはできないと主張する。
しかし,審決は,第1先願発明の「回転数制御装置」がインバータのみであると限定したものではなく,当業者が第1先願発明の「回転数制御装置」の一つとしてインバータを想起すると認定したものであり,原告の主張は失当である。
エ 原告は,明細書の解釈に当たっては,内部証拠を外部証拠よりも重視すべきであるのに,審決が,内部証拠には全く根拠がないにもかかわらず,外部証拠である技術文献だけで,インバータが先願明細書1に開示されていると判断したことが不当であると主張する。
原告の主張する内部証拠,外部証拠の考え方の是非はともかく,審決は,第1先願発明の「回転数制御装置」の技術内容を理解するに当たって,先願明細書1の記載事項とともに周知技術を参酌しているにすぎないものであるから,その判断手法に何ら違法,不当な点はない。
オ なお,原告は,第1特許発明の「周波数センサ」と第1先願発明の「回転数センサ」とでは,構成も効果も異なり,同一とはいえないと主張するが,相違点イは,送風機モータの回転数制御装置としての「インバータ」が第1先願発明にも実質的に記載されているか否かの問題であって,原告の主張は,相違点イについての審決の認定判断の当否とは関係がない。
(4) 以上によれば,審決の「回転数制御装置としてのインバータは先願明細書1に記載されているに等しい事項であると認められる」との判断に誤りはない。
2 取消事由2(相違点ロについての判断の誤り)について(1) 取消事由1についての判断において述べたとおり,「回転数制御装置としてのインバータ」は先願明細書1に記載されているに等しいといえる(したがって,第 1先願発明がインバータ制御であるといえないことを前提に,審決を論難する原告の主張は,その前提を欠き,失当である。)。そして,特開平 7-119684号公報(乙第26号証)には,「回転数検出装置(回転数検出器7)及び周波数検出装置(周波数検出器37)の両方が示され,どちらの検出装置も必要に応じて選択し得ること」が記載されているから,乙第26号証によれば,「流体機械駆動用モータのインバータ制御において,回転数検出装置や周波数検出装置が用いられることは周知技術であ」ることが認められる。上記認定したところによれば,回転数制御のために,回転数検出装置に代えて,周波数検出装置を用いることは,単なる周知技術の転換であって,新たな効果を奏するものともいえない。
(2) 原告は,第1特許発明の周波数検出装置と先願明細書1の回転数検出装置は,センサとしての検出対象と取付位置に相違があることから,誤差の発生の点で違いがあり,高い制御精度の実現という効果が異なる旨主張する。
しかし,第1特許発明, 第1先願発明のいずれも,回転数を制御するのは,適切な空燃比をもたらすための風量調整を目的とするものと認められ(本件明細書(甲第19号証) 【0004】,先願明細書1(甲第20号証)【0013】),目的とする制御対象は「風量」であるところ,「周波数検出装置」が検出する「周波数」,「回転数検出装置」が検出する「回転数」のいずれも,「風量」そのものではなく,「風量」に対応するものであって,間接的に「風量」を制御するものである。この点を考慮すれば,両者とも風量を直接に制御するものではないから,風量に対する検出誤差を論じることなく,単に検出過程における誤差の相違を論じても必ずしも意味があるとはいえないし,原告が主張する誤差の相違について,それが実施上格別影響のある差異であると認めるべき具体的な根拠もない。仮に,第1特許発明において「周波数検出装置」を用いたことによる効果があるとしても,周知技術である「周波数検出装置を用いること」自体から当然奏される効果にとどまるものであって,新たな効果を奏するものとはいえない。
(3) 以上によれば,「周波数検出装置」と「回転数検出装置」とは,いずれも当業者が同一技術を具体的に実施するに当たり,その手段として適宜選択し得る周知の技術であって,第1特許発明が「周波数検出装置」を採用したことは,単なる周知技術の転換に該当し,相違点ロは課題解決のための具体化手段における微差であるものと認められる。したがって,相違点ロは,実質的な相違点ということはできず,この点に関する審決の判断に誤りはない。

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