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特許査定後に先願が公開された場合、その特許は無効理由を有することになることを判示した判決

2010.12.07

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29条の2は、先願が公開された場合には、その先願と同一発明の後願が拒絶されるというものです。
では、先願が公開される前に後願が特許されてしまったらどうなるか?
特許されるかどうかは、特許査定時に拒絶理由が存在しているかどうかで決まりますが、後願が特許された時点では、29条の2の拒絶理由は存在していないという解釈が可能です(29の2は公開を前提としているから)ので、この特許が無効理由を有するかどうかはちょっとした論点ともいえます。
以下の判決では、この特許は、無効理由を有すると述べています。この結論は妥当だと思います。
H18. 1.25 知財高裁 平成17(行ケ)10437 特許権 行政訴訟事件


1 取消事由1(先願発明(甲1)が特許法29条の2の適用要件を満たすとした判断の誤り)について (1) 証拠(甲1,2,9ないし12)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
本件特許の出願(特願2003-21897号)は,特願2002-142959号を国内優先の基礎として,平成15年1月30日にされた。上記国内優先の基礎とされた特願2002-142959号の出願日は,平成14年5月17日であった。本件特許出願については,平成15年9月3日,特許すべき旨の査定がされ,同年10月3日,設定の登録がされた。
一方,特願2002-142763号の特許出願が,先願発明についての特許出願(特願2002-10486号)を国内優先の基礎として,平成14年5月17日にされた。上記国内優先の基礎とされた先願発明の特許出願(特願2002-10486号)の出願日は,平成14年1月18日であった。そして,先願発明の特許出願につき,平成15年10 月2日に出願公開がされたものとみなされた(特許法41条3項)。
(2) 上記事実関係を時系列に従って整理すると,①先願発明の特許出願,②本件発明の特許出願,③本件発明についての特許査定,④先願発明につき出願公開,⑤本件特許の設定登録という順序でされたものである。
(3) そこで,判断するに,特許法(以下,単に「法」ともいう。)29条の2における「出願公開」という要件は,後願の出願後(当該特許出願後)に先願(当該特許出願の日前の他の特許出願)についての「出願公開」がされれば足りるのであり,後願の査定時に未だ先願の出願公開がされていない場合には,担当の審査官が先願の存在をたまたま知り得たとしても,その時点で査定をする限り,特許査定をしなければならないが,その後にその先願の出願公開がされたときは,法29条の2所定の「出願公開」の要件を満たし,法123条1項2号に該当するものとして特許無効審判を請求することができるものと解するのが相当である。
(a) 法29条の2は,その文言解釈上,先願の出願公開時期につき,「当該特許出願後」(後願の出願後)ということ以外に何ら限定していないことが明らかである。
(b) 法29条の2が設けられた主たる趣旨を考察すると,当該特許出願の日前の他の特許出願(先願)の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載された発明は,一部の例外を除きすべて出願公開によって公開されるものである(法64条等)から,後願である当該特許出願は,先願について出願公開がされなかった例外的な場合を除き,社会に対して何ら新しい技術を提供するものではないという点にあるものと解される。
この趣旨に照らすと,上記のように解するのが相当である。後願である当該特許出願についての特許査定時期と先願の出願公開時期との先後関係がいかにあろうとも,すなわち,後願の特許査定後に先願の出願公開がされたとしても,後願である当該特許出願が社会に対して何ら新しい技術を提供するものではないことに変わりはないからである。
(c) 実質的に考えても上記のように解釈するのが相当である。
仮に,後願(当該特許出願)についての特許査定時までに先願の出願公開がされていない場合には,その後にその出願公開がされたとしても法29条の2の適用の余地はないと解するならば,不当な結果となる。
そもそも,特許査定の時期は,審査請求をどの時点でするか,審査手続がどのように進行するかなど,個別事案ごとに種々の要素に左右されるものであり,出願公開の時期も,出願人が出願公開の請求をどの時点でするか,法64条1項前段の出願公開についても事務手続がどのように進むかなど,これも個別事案ごとに種々の要素に左右されるものであり,両者の先後関係は,多分に偶然の要素に左右されることは,制度上自明のことである。このような偶然の要素によって特許要件の充足性を左右させることは,特許制度を不安定かつ予測困難なものとするものであって,特許法の予定するものでないと解される。また,そのような不安定かつ予測困難な制度として運用するならば,先願者の防衛的な観点からの手続を誘発することにもなり,法29条の2の企図するところとも背馳することになる。
(d) 原告は,種々の文献を挙げており,確かに,従前の特許法の解説書の記載には,先願の公開が既にされていることを前提に特許の拒絶査定を論じるかのように読めないではないものも存在する。しかし,それは,早期審査制度の運用が開始される前においては,後願の査定時期が先願の公開時期を追い抜く事態を想定し難かったために,先願の公開がされた後に後願の査定時期を迎えるという典型的な事例を念頭において記載されているからにすぎず,後願の査定時までに先願が公開されていなければ,もはや法29条の2の適用の余地はなくなるということを意識的に論じた趣旨であるとは解し得ない。
また,原告は,法123条なども引き合いに出して主張するが,法29条の2を前判示のように解する妨げとなるものではない(後願の特許査定がされた後に先願の出願公開がされた事例であっても,後願の特許査定時には,既に先願が存在しており,それは一部の例外を除きすべて公開されるものであるから,特許要件を欠く原因の本質的部分は存在していたものともいえるのであって,特許査定後に全く新たに発生するような後発的無効事由と同一に論じることは相当ではない。また,法39条1項の事例をも考察するならば,法123条1項2号が特許査定後の事情が付加された無効事由を一切排除するものとは解し難い。)。
(e) ちなみに,平成10年11月「工業所有権審議会企画小委員会報告書~プロパテント政策の一層の深化に向けて~」(中山信弘委員長。特許庁ホームページにて公開されている。)の「【4】申請による早期出願公開制度の導入」という項では,早期審査に付された後願の特許査定後に,先願の出願公開がされるという本件と同じ事案について,法29条の2による特許取消事由が成り立つことを前提に,異議申立期間満了前に先願の早期公開を可能とすることの必要性が報告されており,法29条の2についての前判示の解釈と同旨のものと解される。
また,当裁判所に顕著な近時の実務状況から一例を挙げると,本件と同様,先願発明の特許出願,後願発明の特許出願,後願発明についての特許査定,先願発明につき出願公開,後願発明の特許の設定登録という時系列的な流れをたどった事案において,異議が申し立てられ(異議2001-73432号),特許庁は,法29条の2に違反してされたものとして上記特許を取り消す決定をし(平成15年2月6日付け決定),その決定取消訴訟においても,先願の公開時期については特段問題とされることなく,東京高裁判決により取消決定が維持され,確定したものがある(東京高裁平成16年12月9日判決・同平成15年(行ケ)第107号事件)。
(4) 審決は,前記のとおり,本件特許の設定登録前に先願の出願公開がされたことを理由に法29条の2に該当するかのような説示をしており,後願の設定登録の時期と先願の出願公開の時期を対比したかのように解される点において,失当である。しかし,既に判示したところに照らせば,本件においては,そもそも後願の出願後(当該特許出願後)に先願についての「出願公開」がされれば足りるのであり,それ以上に先願の出願公開の時期を限定する必要はないのであるから,審決の結論は是認し得るものであり,上記の点をもって審決を取り消すべきことにはならない。

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