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「平均粒径」という用語を使うときは注意が必要

2010.08.02

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線状低密度ポリエチレン系複合フイルム事件 平成 15年 (行ケ) 272号 特許取消決定取消請求事件 」では、クレームの「平均粒径」の意味が明確であるかどうかが正面から争われました。裁判所は、複数の測定方法があって、平均粒径の意義が一意的に定まらないことを理由に、不明確であると判断しました。
「平均粒径」のようなイメージしやすくて耳慣れた言葉の場合、うっかりと測定方法や定義を割愛していまいがちですので、注意が必要だと思います。
案件にもよりますが、私は、
本明細書において、「平均粒子径」は、レーザー回折・散乱法によって求めた粒度分布における積算値50%での粒径を意味する。
のような感じで書くことが多いです。レーザー回折・散乱法とは、粒子に対してレーザー光を当てたときに粒子サイズによって回折散乱光の光強度分布が異なることを利用して粒子サイズを測定する方法で、比較的一般的に用いられている方法だと思います。管内に粒子一つ一つを通過させると、一つ一つのサイズが分かり、粒度分布が得られます。ここに解説。
積算値50%の粒径とは、粒子サイズが小さいものから粒子数をカウントしていって、全粒子数の50%になったところでの粒径です。積算値10%と積算値90%の差もよく使います。この差が小さければ粒子サイズのバラツキが小さいことになります。
同じような判示をしたものとして、「遠赤外線放射体事件 平成 20年 (ネ) 10013号 特許権侵害差止等請求控訴事件」があります。


当裁判所の判断
1【法36条5項2号違反の判断の誤り】について (1) 決定が説示し,また,原告も自認するとおり,本件発明では,不活性微粒子の粒子の形状も,平均粒径の意義も,測定方法も特定されていない。
乙第1号証(「微粒子ハンドブック」朝倉書店)には, ア「2.2.1粒子径粒子の大きさを表す場合,次の三つのものが重要となる。i)1個の粒子の大きさをどのように表すか〔代表径のとり方〕,ii)粒子の大きさに分布がある粒子群をどのように表すか〔粒度分布(→2.2.2)の表し方〕,および,iii)粒子群を代表する平均的な大きさをどのように選ぶか〔平均粒子径 (→2.2.3)の選び方〕。
1個の粒子(とくに非球形の粒子)の大きさを表すのに種々の表し方があり,それらを代表径という。表1は主な代表径を示したものである。代表径には大きく分けて,幾何学的な寸法から定まるものと,何らかの物理量と等価な球の直径におきかえた相当径の二つがある。また,代表径は単に粒子径または粒径とよばれることが多いが,その場合にはどの代表径によるものであるのかをあらかじめ明示しておくことが必要である。・・・顕微鏡写真を撮ってそれから粒径を求める場合,定方向径がよく用いられる.これは,粒子が三次元的にランダムに配向しているものとして,表1中の図のように一定の方向に粒子の寸法を測ることで得られるものである。・・・ふるい径は相隣る目開きの間にふるい分けられた粒子径である。・・・投影面積円相当径は,表1に示すように,粒子の投影面積と等しい面積をもつ円の直径である。粒子に平行光線を照射したときのさえぎり光量を検知して粒径を求める粒径測定法で得られる粒子径がこれに相当する。等表面積球相当径は,粒子の表面積と同じ表面積をもつ球の直径である。等体積球相当径は粒子の体積と等しい体積をもった球の直径であり,電気的検知帯法(→3.3.5.c)によって測定される粒子径はこれに相当する。
・・・ストークス径は,表1中の式からわかるように,流体の粘度や粒子・流体密度が既知のときには,沈降速度vtを測定することから求められるし,またそれ以外の慣性法(→3.3.5.g)といわれる粒径測定法によってもこれが求められる。ストークス径は等沈降速度球相当径ともよぶことができる.・・・流体抵抗力相当径は,ある粒子の流体から受けるストークスの流体抵抗力と等しい抵抗力をもった球形粒子の直径として定義される。拡散法(→3.3.5),モビリティアナライザー(→3.3.5.i),光子相関法(→3.3.5.b)などによって測定される粒子径はこれに相当する。・・・代表径は粒径測定法と密接に関係しており,多くの場合測定法がきまると代表径はきまる。」(52頁左欄~53頁右欄 なお53頁表1参照) イ「ある粒子群の個々の粒子の大きさがある代表径(→2.2.1)で測定されたとする。測定された個々の粒子の大きさが不揃いである粒子群を多分散といい,非常に揃っている粒子群を単分散であるという。多分散粒子の特徴は,通常,頻度分布またはこれを積算した積算分布-これらを総称して粒度分布という- の形で表される。ある粒子群の粒度分布を表示する場合,代表径を明示しておくことと,粒子の量がどのような基準-個数,長さ,面積,体積(または質量)- で測定されたかを明確に区別しておくことが必要である。これらによって粒度分布が異なるからである。」(54頁左欄) ウ「2.2.3 平均粒子径ある代表径(→2.2.1)を用いて,ある基準で測定された粒度分布(→2.2.2)が与えられたとき,ある粒径区分dp±Δdp/2(ただし,Δdpは粒径区分の幅)内にある粒子群の個数,長さ,表面積,質量をそれぞれn,l,s,m・・・とし,・・・表1に示すような種々の平均粒子径が定義できる。・・・結果を図1に示した。この図から,平均粒子径はその定義のしかたによってずいぶん異なることが理解できるであろう。」(58頁左欄~右欄) との記載がある。また,乙第2号証(「粉粒体計測ハンドブック」・日刊工業新聞社)には, エ「粒度と粒子径はよく混同されるが,粒子径は個々の粒子を対象にしたときのそれぞれの大きさであり,粒度は粉体を構成している多数の粒子群を代表する粒子の大きさの概念である。現実の粒子は必ず大きさの分布をもつ多数の粒子群からなっているから,粒度の表現には分布を考慮しないわけにはいかない。・・・大きさという言葉には実は長さ,面積,重さの三つの次元が含まれている。それに個数というゼロ次元を加えた4種を考えると,試料中に含まれる粒子の中で粒子径区分DiとD i+1 の間に属する粒子が, i) 全粒子個数Σnの中の何個か? ii)全粒子の径の総和ΣnDの中でどれだけの長さを占めるか? iii)全粒子の表面積の総和ΣnD2の中でどれだけの面積を占めるか? iv)全粒子の重量の総和ΣnD3の中でどれだけの長さを占めるか? の四つの表現があることになる.・・・これらの関係を図5・2に示しておく。・・・同じ試料でも,どの”大きさ”を基準にして粒度分布を表示するかによって”見掛けの粒度”は図5・1(a)のように当然異なってくる。」(29頁~31頁 5.1.1(1) 粒度分布に関する記載,図5・1及び図5・2参照) との記載がある。以上の記載からは,本件の不活性微粒子においても,その代表径は粒子の形状やその取り方により異なること,平均粒径の算定方法も複数あり,同じ代表径からでもその算出値が異なること,さらに,測定方法も複数あること,を認めることができる。
そうすると,粒子の形状,代表径の取り方,平均粒径の意義,測定方法のいずれも特定されていない本件発明においては,平均粒径の数値範囲だけが明記されていても,それがどのような大きさの不活性微粒子を指すかは(本件発明において不活性微粒子が製造工程で実質的に変質せず,材料段階での平均粒径を考えればよいとしても)不明であるといわざるを得ない。
(2) 原告は,本件発明の技術分野においては,メーカーの公称値を採用するのが一般的であると主張する。
甲第6号証(特許第2911742号)等,不活性微粒子のメーカー名・商品名とともに特定の数値を平均粒径として挙げている特許公報があり,その中には, その値がメーカーの公称値と一致していると明らかに認められるものもある(甲第4号証ないし第9号証)。しかし,本件明細書には,不活性微粒子のメーカー名・商品名が記載されているものではなく,そもそも市販品を用いたとの記載もないのであるから,上記の例と同一視することはできない。
そして,乙第3号証ないし第8号証(いずれも本件の優先日前の公開特許公報)のように,種々の平均粒径の意義や測定方法の中から採用するものを明示して(例えば乙第3号証の走査型電子顕微鏡で測定する方法,乙第6号証の重力沈降法等),その値を示した例がある。
メーカーの公称値を採用することが技術常識であったとは認められない。
(3) 原告は,平均粒径の測定方法として,コールターカウンター法が一般的であり,本件発明もこれにより測定された平均粒径の値であると特定される,と主張する。
前記(1)アで引用したとおり,測定方法が決まれば代表径,平均粒径の意義も明らかになるから,本件発明においても,コールターカウンター法が採用されていると解することができれば,特定に欠けるところはないことになる(同方法では,球相当径,重量分布として測定することになる。乙第2号証36頁)。
甲第4号証,第7号証,第8号証及び第14号証(いずれもメーカーのカタログ)には,例えば甲第7号証7枚目の「平均粒子径(μm)〔コールターカウンター法〕のように,いずれも,平均粒径の測定をコールターカウンター法で行ったことが記載されている。
しかし,(1)で述べたとおり,平均粒径の測定方法は複数あり,そして,乙第3号証ないし第8号証には,前記のとおりコールターカウンター法以外の方法を用いた例が開示されている。コールターカウンター法が,平均粒径の測定方法として一般的なものであると認めることはできない。
以上のとおりであるから,法36条5項2号の判断の誤りをいう原告の主張は理由がない。
2【法36条4項違反の判断の誤り】について 1で述べたとおり,本件明細書には,平均粒径の意義,測定方法の特定がなく,また,メーカー名・商品名を明示することにより用いる不活性微粒子を特定してもいない。そうすると,当業者は,どのような不活性微粒子を用いればよいか分からないのであるから,本件明細書は,当業者が発明を実施できるように明確に記載されていないことになる。
原告は,市販品を入手して追試ができると主張する。しかし,この追試をするためには,当業者は,すべての平均粒径の意義・測定方法について,これらを網羅して,平均粒径を測定して本件発明の数値範囲に当てはまるものを用い,本件発明の効果を奏するものかを検証する必要がある。特許は,産業上意義ある技術の開示に対して与えられるものであるから,当業者にそのような過度の追試を強いる本件明細書の開示をもって,特許に値するものということはできない。
法36条4項違反の判断の誤りを原告の主張も理由がない。
3 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,決定に取り消すべき誤りは認められない。よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

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