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【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】じっくり®ヒストリー 蒸気機関車の発明家 リチャード・トレビシック(蒸気機関車を発明するが、実用化に成功せずに失意のうちになくなった可哀想な発明家)

2023.07.28

AKI

私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらはすべて先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。電力や燃料などを使ってエネルギーを生み出すことは、産業分野のあらゆる発展に役立ちました。現代でこそ電気や石炭などで簡単にエネルギーを作り、便利なアイテムを活用できるようになりましたが、かつて産業革命が起きていた中世のイギリスでは、蒸気機関を使って様々な機械を動かし、物づくりを行っていました。中でも大きな発明といえば、蒸気機関車がひとつ挙げられます。蒸気機関車は遠くの場所まで人や物を運ぶことができるので、物流や現場の人員不足などの問題を解決できる非常に画期的な発明でした。この蒸気機関車を発明したのが、イギリスの発明家であるリチャード・トレビシックです。彼が残した蒸気機関車の発明は、現代の鉄道システムの基礎となりました。今回はそんなリチャード・トレビシックの生涯を振り返っていきましょう。

リチャード・トレビシックの前半生(高圧蒸気機関を発明する)

リチャード・トレビシックは、1771年4月13日にイギリスのコーンウォールで誕生しました。鉱山町で生まれたことに加え、鉱山の親方だった父親の影響を受け、鉱山や機械的な技術に対しては人並外れた情熱と知識を持っていました。トレビシックは6人姉弟の末っ子で、彼以外は女という家族構成でした。カムボーンの小さな学校に通っていましたが、学校での態度はあまりよくなかったようです。勉強を真面目にせず、学校を理由なく休むことも頻繁にありました。算数には才能を発揮しましたが、学校で教えている手段によって解を得ることはなく、すべて自分の頭で考えて解答を導き出していました。

19歳になると、鉱山で働き始めました。勤務態度は非常に熱心であり、みるみる多くの知識を吸収していった結果、若いながらもコンサルタントの地位を確立していきました。その背景には、鉱夫の憧れの的、鉱山の親方であるトレビシックの父親の後継としての尊敬の念が含まれていました。

トレビシックの人生でもっとも大きな発明品は、高圧蒸気機関です。第14号蒸気機関であり、1885年に復元されました。初期の実験では、据え置き型のものを開発し、後に台車に搭載して使いました。ワットがすでに蒸気機関の特許を取得していましたが、トレビシックの発明では復水器を必要としない設計になっていたため、特許侵害とならずに済みました。ピストン運動はクランクで直接円運動に変換する仕組みで、ビームを使うよりも簡単にエネルギーを生み出せるようになりました。

リチャード・トレビシックの後半生(蒸気機関車を発明する)

しかし、トレビシックの発明家人生は順風満帆なものではありませんでした。1803年、グリニッジで爆発事故が起きました。この事故で4名の死者を出し、発明家であるトレビシックには不信感が寄せられてしまいます。本人は爆発の原因は操作ミスにあるものと主張しましたが、競合であるボールトン・アンド・ワット社はこの事故を盛大に喧伝し、トレビシックの評判を下げようとしていました。

風評被害に対抗するため、トレビシックは2つの安全弁を加えた設計を行いました。それまでは両側を操作する必要があった蒸気機関を、一方だけを操作できるようにしたことで、安全性を高めることに成功しました。

そして、トレビシックは歴史に残る偉大な発明を達成します。蒸気機関車の発明です。当時の技術では、運河だけでは物品の運搬に限界がありました。いくつもの鉄工所が協力して、鉄道を作り、陸路で製品を輸送する仕組みを作り上げることに成功します。初めは馬車が走るための鉄道でしたが、台車に高圧蒸気機関を設置することで蒸気機関車を発明し、それを活用して輸送に役立てました。その後は数々の問題に直面しながら改良を試みましたが、ついに実用化には至りませんでした。最後に発明した蒸気機関車自体には問題はなかったものの、線路の強度が問題で実現を諦めなければなりませんでした。最終的な結果に落胆したトレビシックは、その発明を最後に蒸気機関車の開発から引退します。その後はダートフォードで働き始めますが、1年後に肺炎を罹患。宿泊中のホテルで寝たきり状態となり、1週間後にそのまま最期を迎えました。晩年は無一文で、彼を見舞いに来る家族や友人はいませんでした。葬儀はジョン・ホールの会社の同僚らによって執り行われました。同時期には死体の売買が流行しており、墓の警備も同僚らが行いました。

今回は、人類初の蒸気機関車を開発したリチャード・トレビシックの生涯を振り返りました。トレビシックの蒸気機関車はついに実用化されることはなく、忸怩たる思いで発明家人生を終えた苦痛は想像もできません。とはいえ、彼が現代まで続く輸送の基礎を築いたことはいうまでもないでしょう。歴史に名を残した偉人、その軌跡を忘れないようにしたいものです。

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