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【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】じっくり®ヒストリー アプト式鉄道やアプトスイッチの発明家 カール・ローマン・アプト(ゴッタルド鉄道の社長もつとめてビジネスの世界でも成功した優秀な発明家)

2024.04.29

AKI

私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらはすべて先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。登山鉄道は、急な勾配を上り下りするために設計されました。ラック式鉄道は登山鉄道の代表例であり、当初は機関車の空転防止のために作られたものです。鉄道の改良は進み、ラック式鉄道をさらに進化させた「アプト式鉄道」も生まれました。鉄道の登場と改良によって、山岳地帯を乗り越えて遠くの街まで物資を輸送できるようになり、さらなる工業の発展につながりました。このアプト式鉄道の設計を発明し、実現したのがスイスの技術者だったカール・ローマン・アプトです。彼はアプト式鉄道の発明のほか、車両の行き違いを可能にするための「アプトスイッチ」の発明も行いました。今回はそんな、カール・ローマン・アプトの生涯を振り返っていきましょう。

 

カール・ローマン・アプトの前半生(アプト式鉄道やアプトスイッチを発明する)

カール・ローマン・アプトは、1850年にスイスのブンザンで生まれました。技術者として高度なスキルを持っていたアプトは、鉄道の設計に生涯関わりました。アプトは1882年、パリで働いていました。そこでは常に1枚の歯車がラックレールと噛み合っているラック式鉄道の改良技術であるアプト式鉄道を設計し、特許を取得しました。

もともとラック式鉄道が初めて使われたのは、イギリスのジョン・ブレンキンソップが平たい鉄のレールと平たい車輪ではスリップが起きやすいと考え、1811年に特許を取得し、翌1812年にマシュー・マレーによって製作されたミドルトン鉄道の機関車でした。当時は蒸気機関が発明され、輸送の効率化に大きな期待がかかっていました。しかし陸路を通る場合は山道を越えなくてはならないため、平らなレールと車輪ではスリップしやすいことが危惧されていました。この問題を解決するために、車輪の歯車とレールが噛み合うように設計したのがラック式鉄道です。

それから、ラック式鉄道は登山鉄道の代表的な発明となり、さまざまな場面で活用されるようになりました。アプト式鉄道は、ラック式鉄道の登場後もっとも多く採用された改良方式です。日本でもアプト式鉄道が採用され、世界各国で使用されるようになりました。ラック式鉄道にはさまざまな種類がありますが、日本ではアプト式鉄道のみが採用されていたため、ラック式鉄道そのものを指して「アプト式鉄道」と呼称することもあります。

アプトはその後、ケーブルカー用に自動切り替えができるアプトスイッチを開発しました。これはパッシブクロスオーバーの線路設計で、単線の軌道の行き違い設備で車両が自動的に行き違うことを可能にするためのものです。

アプトスイッチで用いる鉄道車両の車輪は、通常の鉄道でも用いるものとは少し異なります。通常、鉄道の車輪は片フランジのものが使用されていますが、アプトスイッチに使用する鉄道の車輪は両フランジのものとフランジのないものを使用していました。各車両はすれ違い箇所でいつも同じ側の線路を通り、外側の車輪に両フランジの車輪を使い反対側にフランジのない車輪を使います。2つのフランジによって挟まれるすれ違い箇所の外側のレールは単線区間のレールがそのまま続くため、切れ目なく走行できるのが特徴です。内側のレールにはケーブルが通る箇所、外側車輪のフランジが通る箇所などの切れ目が設けられていますが、幅広の車輪により切れ目を支障なく通過することができます。

最初のアプトスイッチは、1879年に開通したギースバッハバーンに設置されました。この路線は、最初の単線ケーブルカーとして知られ、2015年にはアメリカ機械学会による認定を受けています。アプトスイッチはゴルナーグラート鉄道など世界72路線の登山鉄道に採用されました。

 

カール・ローマン・アプトの後半生(ゴッタルド鉄道の社長として活躍する)

1903年、鉄道はドイツ連邦によって国有化が進められていました。アプトは当時ゴッタルド鉄道の社長であり、連邦に対して買い戻しの交渉を行いました。彼の功績は讃えられ、ハノーファー大学の名誉博士、フランクリン財団のジョン・スコットメダルなど数々の賞を受賞しています。美術にも詳しく、1904年から1907年までスイス連邦美術委員会に参加し、1905年から1911年までスイス美術協会の代表を務めました。

1933年、アプトはルツェルンで息を引き取りました。アプトは金貨の収集を趣味としており、彼の死後金貨のコレクションは競売にかけられました。

今回は、ラック式鉄道の一種であるアプト式鉄道の設計、そして車両の行き違いを可能にしたアプトスイッチの発明家であるカール・ローマン・アプトの生涯を振り返りました。鉄道の進化は、人類の技術発展に大きく影響しました。アプトの発明により、現代でもさまざまな恩恵を受けられるようになったことは忘れてはいけないでしょう。

 

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