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【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】じっくり®ヒストリー 顕微鏡レンズの発明家 エルンスト・アッベ(カール・ツァイス社の創業者)

2023.12.15

AKI

私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらはすべて先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。光学の分野においては、顕微鏡や望遠鏡、プラネタリウムなどの発明を行う「カール・ツァイス社」がトップを走っています。同社は3人の科学者・実業家たちによって設立され、多国籍企業の基礎を築きました。カール・ツァイス社の立ち上げメンバーの1人、エルンスト・アッベは、このカール・ツァイス社を傘下とする「カール・ツァイス財団」を作り上げ、光学分野で様々な功績を残しました。今回はそんなエルンスト・アッベの生涯を振り返っていきましょう。

エルンスト・アッベの前半生(優秀な成績でゲッティンゲン大学の博士号を取得する)

エルンスト・アッベが生まれたのは、1840年のこと。ザクセン=ヴァイマル=アイゼハナ公大国で、紡績工場の現場責任者を務める父のもとに生まれました。裕福な家庭ではありませんでしたが、アッベは父親の援助を受けてギムナジウム中等学校に通いました。聡明だったアッベは、大学に進学するための試験を受けて優秀な成績を修め、1857年にギムナジウムを卒業しました。

卒業が近づくにつれて、アッベは頭角を現し始めました。科学の領域では圧倒的な才能を発揮し、アッベ自身もその才能を活かすためによりよい環境で研究を行いたいと考えるようになります。アッベの父親は彼の気持ちを汲み、家計が苦しい状況ながらもアッベを大学に通わせることを決めました。父親の支援もあり、無事に大学に通うことができたアッベは、1857年〜1859年の2年間をイェーナ大学、1859年から1861年の2年間はゲッティンゲン大学に通いました。アッベは大学在学中家庭教師をして収入を作り、アッベの父親の会社も学費を援助していました。1861年にはゲッティンゲン大学の博士号を取得し、学術的な実力をめきめきとつけていきました。

時は少し遡り、1846年。カール・ツァイスは顕微鏡製造を行うための工房を解説し、様々な光学機器を製造していきました。業績は上場、評判も十分といった状況でしたが、ツァイス自身は製品の質に満足していませんでした。光学が学問の一つとして広まると、さらに高いレベルの製品を作る必要がありました。改良を行い続けなければならないものの、ツァイス自身が設計に関わるのは困難でした。

エルンスト・アッベの後半生(ツァイスと組んで光学事業を興して大成功する)

1866年、アッベとツァイスは運命的な出会いを果たします。学術実験用の機器製作を通じて2人は既知の仲となり、協力して光学製品の製造事業を改良していくことを決めました。顕微鏡に数学的な考え方を応用するのは難しいという問題はありつつも、アッベの計算に基づいた顕微鏡は高く評価され莫大な利益を生み出しました。業績が向上した成果から、ツァイスはアッベに共同経営のアプローチを行いました。アッベはこの打診を受け入れ、1876年に共同経営者として参加しました。その後は光学ガラスの素材の改良のため、1879年にフリードリヒ・オットー・ショットも経営に加わり、ガラス素材も高い技術力を持って製造することが可能となりました。こうしてカール・ツァイス社は世界最高峰の光学機器会社として発展し、多くの人々に役立つ発明を行うようになったのです。

アッベはツァイス光学工場の研究部長として、数々の研究を行いました。中でも大きな発明は、経営に参加した1866年の顕微鏡レンズ「アポクロマート」です。この顕微鏡は原色と二色の両方の歪みを除去した革命的なもので、多くの人々を驚かせました。さらに1870年の集束レンズ、1871年の屈折計など、光学分野でこれまでにない画期的な発明を次々と生み出しました。当時アッベはイェーナ大学に籍を置いていましたが、カール・ツァイス社に雇われると、光学機器の製造工程を改善するなどすぐに成果を残しました。

アッベの功績は光学の分野だけでなく、労働改革にも寄与しました。1890年に社会民主主義を掲げた新聞を創刊し、1900年には8時間労働制を導入しました。この制度の導入の背景には、自分の父親が14時間の労働をしなければならなかったことがあります。さらに年金基金と免責補償基金を創設し、現代的な年金制度の構築にも貢献しました。。1889年には「カール・ツァイス財団」を設立し、あらゆる業界・団体に寄付を行いました。「経済的、科学的、技術的な未来を確保し、これにより従業員の雇用保障を向上させること」を目的としたカール・ツァイス財団は、様々な業界の労働者たちにとってヒーロー的な存在となりました。アッベには「従業員の成功は、出自・宗教・政治的見解などではなく、能力と実績のみに基づくもの」という考えがあり、その理想を実現するために財団を立ち上げたのです。

アッベの社会観は、プロイセン政府のモデルになるほど尊重されました。労働環境に関する改革を行った業績は、未来永劫讃えられるべきでしょう。

今回は、カール・ツァイス社の共同経営者の1人であるエルンスト・アッベの生涯を振り返りました。光学の分野で数え切れないほどの発明を残し、人々の生活を役立てた功績は決して小さなものではありません。さらに社会的な部分に関しても、労働環境の改善を行ったことは現代でも大きな意味を成しています。

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