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【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】じっくり®ヒストリー 映画の発明家 ルイ・ル・プランス(エジソンに暗殺されて発明を盗まれたという噂もある、謎の失踪をした悲劇の発明家)

2023.11.13

AKI

私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらはすべて先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。映画に関しては、多くの発明家が歴史に名を残しています。その中でももっとも早く映画を発明したとして知られているのが、イギリスやアメリカで活躍したルイ・ル・プランスです。彼は単レンズカメラを使って、世界初の映画を撮影しました。彼の活躍を称えて、1930年ごろから「映画の父」と呼ばれるようになりました。今回はそんなルイ・ル・プランスの生涯を振り返っていきましょう。

ルイ・ル・プランスの前半生(写真家の仕事をしながら単レンズカメラを発明して世界初の映画を作成する)

ルイ・ル・プランスは、1841年、フランスのメスで生まれました。父はフランス陸軍に従軍しており、砲兵隊長をしていました。レジオンドヌール勲章4等を受賞しており、軍の中では高い地位にある人物でした。プランスは父の友人であるマンデ・ダゲールのスタジオに幼少期から入り浸り、写真や化学について教わっていました。ダゲレオタイプが発明されたときはその被写体となり、写真がごく身近にある生活を送っていました。そんな幼少期を過ごしたプランスはパリで絵画を学び、ライプツィヒ大学で化学を学びました。

プランスは成人すると、大学時代の学友ジョン・ホワイトリーの招待でイギリスのウェスト・ヨークシャーのリーズに移り住むことになりました。ホワイトリー家は「ホワイトリー・パートナーズ」という会社を経営しており、そこで働くことになったのです。移住して3年後、ジョンの妹のエリザベスと恋仲になり、やがて2人は結婚します。妻と一緒に応用芸術の専門学校を開いたプランスは、写真を金属や陶磁器に定着させて、着色する技法を生み出しました。この技法はやがて外部の人間の耳にも及び、広く知られるようになります。

1881年になると、ホワイトリー・パートナーズの代理人としてアメリカを訪れました。フランス人の芸術家たちが集うグループのマネージャーを務め、戦時中の様子を描いたパノラマを作りました。ニューヨークやワシントンD.C、シカゴなどの都市で開かれた展示会を開催し、このパノラマを展示しました。パノラマ画家として名を上げたプランスですが、このころから写真ではなく映像への興味を抱いていました。カメラに写した景色を動かすための実験を行っており、フィルムに使うために適した素材を探していました。

1887年、プランスはリーズに帰還します。単レンズカメラを製作し、特許を取得しました。このカメラを使って撮影された作品が、世界初の映画と言われています。ラウンドヘイの庭の場面やリーズ橋を路面電車や馬車、歩行者などが行き交う風景が映像として残り、スクリーンで上映されました。

ルイ・ル・プランスの後半生(謎の失踪 エジソンに暗殺されて発明を盗まれたという説もある)

プランスは映画を発明したことで大きな栄誉を手にしたかに思われましたが、1890年に失踪します。アメリカに再び訪れたプランスは、新カメラを売り込み、イギリスに戻ろうとしていました。イギリスに戻る前に家族や友人に顔を見せるため、フランスにも足を運びましたが、プランスは友人たちの前に姿を見せることはありませんでした。その後は家族や友人にも連絡がいかず、行方をくらましました。荷物や死体は列車内にもパリ近辺の線路周辺にも見つからず、不審な失踪を遂げたのです。

フランス警察をはじめとした捜査網は総力を上げてプランスを探しましたが、ついに彼を見つけることはできませんでした。荷物も一切見つからず、彼についての手がかりを得ることのないまま迷宮入りという結末を迎えました。

プランスの失踪については、自殺や特許関連での暗殺、家族のために姿を隠した、金銭目的の兄弟による犯行などの線が浮かび上がりました。そのどれも有力な候補とはならず、真実は闇の中へと消えていきました。なお、プランスの未亡人は、プランスがエジソンに暗殺されて発明を盗まれたと考えており、未亡人と長男のアドルフはエジソンの特許紛争に証人として召喚されてエジソンの特許が無効であると主張していますが、結果はエジソンの勝訴で終わりました。なお、その2年後に長男のアドルフも暗殺されています。

その後はエジソンがキネトスコープを作り、リュミエール兄弟がアメリカで映画事業を成功させ、映画館の発明家として有名になりました。彼らは世界的にも名を知られるようになりましたが、リーズにおいてはプランスが英雄的な立場にあったため、彼の功績を称えてプランスの工房だった建物に青銅の記念版を設置しました。

今回は、映画の始祖とも言える発明をしたルイ・ル・プランスの生涯を振り返りました。幼少期から写真について深い知見を持っていたプランスは、さらに学びを深めて映像技術を学びました。周りにお手本となる事例がない中、ゼロから新しい娯楽を生み出したセンスはまさに天才と言えるでしょう。最期は不可解な失踪をしてしまいましたが、彼の功績は後世にも語り継いでいきたいものです。

 

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