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【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】ハートレー発振回路+ハートレー変換+無線受信機の発明家 ラルフ・ハートレー(病弱な天才発明家)

2022.08.19

SKIP

私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらは全て先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。私たちの生活に欠かすことができないスマートフォンやパソコン、さらにインターネット、プログラミングなどは数学・情報理論を基に発明されたものです。ハートレー発振回路やハートレー変換の発明、無線受信機の開発担当などを経験し、数学・情報理論分野において大きく貢献した人物がアメリカ出身の電子工学研究者ラルフ・ヴィントン・リヨン・ハートレー(Ralph Vinton Lyon Hartley)でした。現代は情報社会とも呼ばれ、IT、IoT、DXなど世界中で情報理論が必須な社会となっています。ハートレーが発明した理論があり、このような豊かな世界に発展していきました。そこで今回は数学・情報理論分野の基礎を気づき、世の中の発展に大きく貢献したアメリカの電気工学研究者ラルフ・ハートレーの人生について振り返っていきましょう。

ラルフ・ハートレーの生涯
ラルフ・ハートレーは数学・情報分野の基礎を構築したといっても過言ではなく、現在の情報社会の発展に大きく貢献した人物です。ここではそんなラルフ・ハートレーの生涯を振り返っていきます。
1888年(明治21年)11月30日ラルフ・ハートレーはアメリカのネバダ州北西部のスパークスという都市で生まれました。
真面目に勉学に取り組み、ユタ大学に進学したハートレーは、1909年(明治42年)に学士号を取得して卒業しました。さらに学びを深めたかったハートレーはまた大学に行くことを決意します。1910年(明治43年)にはローズ奨学金(オックスフォード大学院生に与えられる世界最古の国際的なフェローシップ制度)を受け取れることとなりオックスフォード大学に進学し、1912年(明治45年)に学士号、1913年(大正2年)には理学学士を取得しました。
その後、ハートレーはWestern Electric Company(かつて米国に存在した電機機器開発・製造企業。米国の大手通信会社AT&Tの製造部門だった。)の研究所で働くことになりました。1915年(大正4年)にはベルシステム(1877年から約100年間北米での電話サービス業界で高い地位を築いた企業。後のAT&T)の大西洋横断無線電話実験で使用する受信機開発担当に任命されました。
このときにハートレーは、ハートレー発振回路(三極管使用時の発振を抑える平滑回路)の発明に成功しました。この発振回路は1915年6月1日に特許申請を行い、5年後の1920年(大正9年)10月26日に認められて特許を取得しました。
1916年(大正5年)3月21日、ハートレーが27歳のときにアメリカニューヨーク州ニューヨーク市の行政特別区のブルックリンにいたフローレンス・ベイルと結婚しました。
第一次世界大戦(1914-1918、連合国と中央同盟国により起こった世界大戦)が勃発していた期間には、音響式の電波発信源探知機の原理を確立し貢献しました。
終戦後には、再びWestern Electric Companyに戻ってベル研究所での研究生活を始めました。このときハートレーは中継局での音声と搬送波の転送に関する研究をしていました。ここでハートレーは「伝送可能な総情報量は伝送周波帯域と電送時間に比例する」という法則を発見して定式化しました。
その後、ハートレーは大病を患ってしまい、10年間も闘病生活を送ったそうです。
1939年(昭和14年)、無事に闘病生活を終えて研究員ではなくコンサルタントとしてベル研究所に戻りました。
ハートレーは10年前の1929年(昭和4年)にベル研究所内に理論的および実験的研究グループを結成していました。1930年代のほとんどは闘病生活でしたが、非線形振動などで貢献した人物だと有名になっていました。
第二次世界大戦の勃発時には、サーボ機構(物体の位置、方位、姿勢などを制御量として、目標値に追従するように自動で作動する仕組み)の研究を行いました。
1946年(昭和21年)には発振回路発明と情報理論への功績が認められ、無線学会からIRE栄誉賞(のちにIEEE栄誉賞)を受賞しました。
そして1950年(昭和25年)、ハートレーはベル研究所を退所して研究の第一線から退きました。
1970年(昭和45年)5月1日、ラルフ・ハートレーは81歳でこの世を去りました。彼は数学・情報分野に置いて複数の発明をし、現在の情報社会への発展に貢献してくれました。ラルフ・ハートレーの功績の証として、10進数の1桁に等しい情報量・エントロピーの単位に彼の名前ハートレーが命名され、国際的に使用されています。

ラルフ・ハートレーの発明品
ラルフ・ハートレーの発明品として有名なものは、「ハートレー発振回路」や「ハートレー変換」です。これらは数学・情報理論の発展に大きく貢献したものです。ここではハートレーの発明品について解説します。
ハートレーが1915年に発明したハートレー発振回路は、LC発振回路の一つでコンデンサーと並列に接続されているコイルの途中から帰還するようなものです。ハートレー発振回路には以下3点のメリットがあります。まずは可変コンデンサーを利用することで発信周波数を変化出来ること、周波数を変化させても出力の振幅は変化しないこと、タップ付きコイルの帰還比が一定なことが挙げられます。しかし、純粋な正弦波の発振には向いていないというデメリットがあります。このハートレー発振回路はラジオでよく使用されていました。
ハートレーが1942年に提唱したハートレー変換は、実数値関数を実数値関数へと写す積分変換であり、フーリエ変換(実変数の複素や実数値関数を別の同種の関数に写す変換)とかかわりが深いものになっています。ハートレー変換とフーリエ変換を比較すると、前者は実関数を実関数へと変換して、逆変換がそれ自身の関数に戻るという特徴を持っています。

今回はハートレー発振回路の発明やハートレー変換の提唱をして数学・情報分野において広く貢献したアメリカの電子工学研究者、ラルフ・ハートレーの生涯を振り返ってきましたが、いかがだったでしょうか。現代は情報社会と言われる情報、ネットワークに囲まれた環境になり、それがなければ生活できないような世界になっています。それらの基盤となる原理や考え方を見つけ出したのがハートレーでした。研究人生の中では2度の世界大戦や大病になりながらも、学び続けた人物でした。何気なく利用しているようなものでもすべて昔の研究者が発明したモノから成り立っています。発明品の誕生秘話を知ると身の回りのモノごとへの見方が変化するのではないでしょうか。これからの世界がどのように発展していくかとても楽しみですね。