ブログ

否定的な評価書に基づいて実用新案権の行使を行ったが「相当の注意」が認められて29条の3の損害賠償請求が否定された事件(段ボールシート用印刷機事件)

2012.03.21

伊藤 寛之

もっと恐怖な外国企業の実用新案 補足の補足についてドクガク様からのコメントで以下の事件を教えて頂きました。ありがとうございました。

以下の裁判例については、不勉強で全く知りませんでした。「相当の注意」を認定した根拠としては、
1.先行技術調査をきっちりを行った上で、複数の弁理士から鑑定を得ていること、
2.評価書の先行技術と、無効になった先行技術が相違していること、
3.本件考案の進歩性の判断が微妙であったこと、
等が挙げられています。
これを見るかぎりでは、「相当の注意」の基準は、さほど高くないように思えます。この案件では、引用文献が違っていたことが理由の一つに挙げられていますが、同じ引用文献であっても進歩性判断が微妙な場合は多く、「相当の注意」に該当すると判断される可能性もあると思います。

> 「無効の評価書で訴訟を行った事例」はありますよ。
> 平成一〇年(ワ)第五〇九〇号 損害賠償請求事件です。
> (http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/6F3C0D72420BABD349256A77000EC33A.pdf
>
> 被告が否定的実用新案登録技術評価書により警告したこと及び侵害訴訟を提起したことに対して、原告が損害賠償請求を求めた事例です。
> なお、実用新案権については、無効審決が確定してます。
>
> 判決文では、
> 「被告が本件実用新案権が有効なものであるとして、本件警告、本件侵害訴訟の提起及び本件仮処分の申立てを行ったことについては、実用新案法二九条の三第一項ただし書の相当の注意を払ったものと認めるのが相当である。」
> と認定しています。
>
> その理由は、
> 「本件考案と原告が主張する原告印刷機の構成を比較すると・・・原告印刷機は、本件考案の技術的範囲に属するものということができる。」
> 「本件評価書①、②において本件考案が進歩性を欠くと判断されるおそれがあるとした公知資料と、本件審決取消訴訟の判決において進歩性を否定すべき根拠として挙げられた公知資料とは同一ではないから、右判決の理由に従えば、本件評価書①、②に記載された公知資料のみでは、本件考案が進歩性を欠き無効となると判断できなかったともいい得るのであって、本件評価書①の評価は妥当性を欠くと判断した二名の弁理士の判断が誤りであったとはいえない。」
> 「本件無効審判において、特許庁は、請求人である原告の主張する理由及び証拠方法によっては本件実用新案を無効とすることはできないと判断している上、本件考案と構成が極めて類似する原特許について、特許庁は、本件審決取消訴訟の判決が進歩性を欠くことの理由として掲げた引用文献と同一の文献をもとにして進歩性を欠くとする審決をしたが、審決取消訴訟において右審決が取り消されているのであり、これらの事実からすれば、本件考案の進歩性の判断が極めて微妙なものであることが窺われる。」
> であるとしています。

平成 10年 (ワ) 5090号 損害賠償請求事件

五 争点5(過失及び権利行使に際しての相当の注意の存否)について 1 乙八、九、一五、一六によれば、被告は、平成三年の春ころから、新開発のインキを用いた新しいタイプの印刷機のインキの供給・回収機構の開発に取り組み、その開発を終えてから、平成三年一一月から一二月にかけて、段ボール印刷機とオフセット印刷機に関する分野の技術について、特許公報を中心として国内外の先行技術の調査を行い、平成四年一月一八日に原特許を出願した後の平成六年一月から二月にかけて、再度先行技術の調査を行い、右調査で得られた数十件の先行技術に関する各刊行物を弁理士に見せ、出願しようとしている考案の有効性について疑いを抱かせるような技術が開示されていないか否かの検討を依頼したが、そのような技術は見当たらないとの回答を得たこと、本件考案と同様の内容の発明について、米国において特許出願を行い、平成五年一一月三〇日、米国特許を得たことが認められる。
2 その後、本件考案の請求項1ないし4について、進歩性を欠如するものと判断されるおそれがあると評価する本件評価書①、②を得たこと、本件評価書①について、弁理士二名より右評価は妥当性を欠くという意見の鑑定書を得たこと、本件無効審判について原告の請求は成り立たないとの審決がされたこと、本件審決取消訴訟において右審決を取り消す旨の判決がされ確定したこと、本件実用新案登録は無効とする審決が確定したことは、前記第二、一の5に記載のとおりである。
本件評価書①、②、本件無効審判、本件審決取消訴訟で示された判断の理由の概要は次のとおりである。
(一) 本件評価書①における理由は、本件考案の請求項1について、実願昭五九―六九六五号(実開昭六〇―一一九五四〇号)の願書に添付されたマイクロフィルム(以下「本件文献①」という。)及び実願昭五四―一〇五四七号(実開昭五五―一〇二三九号)の願書に添付されたマイクロフィルム(以下「本件文献②」という。)に基づいて、本件考案が進歩性を欠如するものと判断されるおそれがあると評価している(甲二)。
(二) 本件評価書②における理由は、本件考案の請求項1について、本件文献①及び②に加え、特公昭五二―二七七五八号公報(以下「本件文献③」をも加えて、本件考案が進歩性を欠如するものと判断されるおそれがあると評価している(甲三)。
(三) これに対し、原告は、技術評価書の本件文献①ないし③、特開昭六一―二六六二四八号公報(以下「本件文献④」という。)を含む八件の刊行物に開示された技術に基づき、進歩性がないとの理由により本件無効審判を請求したが、同審決が原告の請求を認めなかった理由は、本件考案と本件文献①に示された技術との構成の相違点のうち、「チューブがポンプに対して着脱自在であること」、「ポンプが可逆できること」については、前記各文献に示された技術からきわめて容易に容易に考案できたものとすることはできないというものである(甲一四)。
(四) 本件審決取消訴訟の判決が右審決を取り消した理由は、審決が認定した本件考案と本件文献①に示された技術との右相違点のうち、「ポンプが可逆できること」については本件文献④の記載からきわめて容易に想到することができたとし、「チューブがポンプに対して着脱自在であること」については、本件文献②の記載からすれば単なる設計事項にすぎないと考えられるから、当業者においてきわめて容易に想到することができたというものである(甲一六)。
3 また、本件考案は、原特許から分割出願されたものであり、原特許発明からインキ供給・回収を行うチュービングポンプ等を昇降させる機構等を特定した構成を有しており、右昇降機構以外の構成はほぼ同一ということができる。
そして、原告は、原特許について、出願前に公然実施されていたこと、及び、本件文献①ないし④を含む七件の刊行物に開示された技術に基づき進歩性がないことを理由として無効審判を請求し、特許庁は、平成一〇年五月二日、本件文献①、②及び④に記載された技術から当業者が容易に発明することができたものと認められるとし、無効とする旨の審決をした(乙三六)。
東京高等裁判所が審決取消請求事件において右審決を取り消したことは既に述べたとおりである。
4 本件考案と原告が主張する原告印刷機の構成を比較すると、構成①は構成要件Aを、構成②は構成要件B及び構成要件Cのうち絞りロールの構成を、構成③は構成要件Cのうちチュービングポンプの構成を、構成④及び構成⑤は構成要件Dを、構成⑥は構成要件Eを、構成⑦は構成要件Fをそれぞれ文言上充足しており、
原告印刷機は、本件考案の技術的範囲に属するものということができる。
5 前記のとおり、本件評価書①、②において本件考案が進歩性を欠くと判断されるおそれがあるとした公知資料と、本件審決取消訴訟の判決において進歩性を否定すべき根拠として挙げられた公知資料とは同一ではないから、右判決の理由に従えば、本件評価書①、②に記載された公知資料のみでは、本件考案が進歩性を欠き無効となると判断できなかったともいい得るのであって、本件評価書①の評価は妥当性を欠くと判断した二名の弁理士の判断が誤りであったとはいえない。
また、本件無効審判において、特許庁は、請求人である原告の主張する理由及び証拠方法によっては本件実用新案を無効とすることはできないと判断している上、本件考案と構成が極めて類似する原特許について、特許庁は、本件審決取消訴訟の判決が進歩性を欠くことの理由として掲げた引用文献と同一の文献をもとにして進歩性を欠くとする審決をしたが、審決取消訴訟において右審決が取り消されているのであり、これらの事実からすれば、本件考案の進歩性の判断が極めて微妙なものであることが窺われる。
6 以上の事実を総合考慮すれば、被告が本件実用新案権が有効なものであるとして、本件警告、本件侵害訴訟の提起及び本件仮処分の申立てを行ったことについては、実用新案法29条の3第1項ただし書の相当の注意を払ったものと認めるのが相当である。また、右各行為のほか、被告が本件広告①ないし③を掲載ないしファックス送信したことについて、被告に過失があるとはいえない。

アーカイブ