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「限定的減縮」を理解する上で知っておくべき判決(二次電池用アノード事件)

2010.08.04

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最後の拒絶理由通知が来てしまうと、出願人の補正は、「限定的減縮」に該当するものに限定されます。
減縮には、一般に、すでにある構成要素を概念的に下位であるものにする内的付加と、新たな要素が付け加える外的付加とがあります。内的付加と限定的減縮は同じようなものです。
審査基準には、限定的減縮について、以下のように説明されています。
補正前の請求項における「発明を特定するための事項」の一つ以上を、概念的により下位の「発明を特定するための事項」とする補正。
すでにクレームにある構成要素をもっと具体的にするような補正であればOKっていうのがだいたいの認識だと思います。
限定的減縮について、かなり厳しめの見解を示したのが、二次電池用アノード事件(平成 19年 (行ケ) 10055号 審決取消請求事件 )です。
この事件では、以下の下線部を追加する補正がなされました。
(補正前)
【請求項1】二次電池用に製作されたアノードであって,電気化学システム内でリチウムを吸着及び脱着することができるホスト材料と,前記ホスト材料の中に既に分散されているリチウム金属と,を含むことを特徴とするアノード。
(補正後)
【請求項1】二次電池用に製作されたアノードであって,電気化学システム内でリチウムを吸着及び脱着することができるホスト材料と,前記ホスト材料の中に既に分散されているリチウム金属とを含み,前記アノード内のリチウム金属の量は,前記アノードが再充電される場合,前記アノード内の前記ホスト材料の中に入り込む,前記ホスト材料と合金を作る,又は前記ホスト材料に吸着されるに十分な最大の量以下であることを特徴とするアノード。
この補正は、本質的には、
(量に限定のないリチウム金属)

(前記アノードが再充電される場合,前記アノード内の前記ホスト材料の中に入り込む,前記ホスト材料と合金を作る,又は前記ホスト材料に吸着されるに十分な最大の量以下であるリチウム金属)
という変更と同じであり、すでに存在している構成要素であるリチウム金属をさらに具体的にするものですので、
一見、限定的減縮に該当するように思えます。
しかし、裁判所は、「リチウム金属」という物質の種類は特定されていても、「量」については何ら言及がないとして、上記の補正が限定的減縮に該当しないと判断しました。
ちょっと厳しすぎるなーというのが率直な感想です。また、「リチウム金属」があれば、必然的に、「ある量」のリチウム金属が含まれるのが明らかだからです。
また、判旨によれば、仮に、補正前のクレームが
(補正前)
【請求項1】二次電池用に製作されたアノードであって,電気化学システム内でリチウムを吸着及び脱着することができるホスト材料と,前記ホスト材料の中に既に分散されている所定量のリチウム金属と,を含むことを特徴とするアノード。
であれば、補正は限定的減縮であると判断された可能性が高いように思います。「所定量の」は何の意味もない限定なので、これがあるかないかで結論が変わるのは非常に非本質的だと思います。
もしかして、クレームの書き方がまずかったのかも知れません。この補正後のクレームでは、「前記アノード内のリチウム金属の量は,」となっているので、「量」が主語になっています。この点が裁判官を刺激したのかも知れません。
(補正後)
【請求項1】二次電池用に製作されたアノードであって,電気化学システム内でリチウムを吸着及び脱着することができるホスト材料と,前記ホスト材料の中に既に分散されているリチウム金属とを含み,前記アノード内のリチウム金属の量は,前記アノードが再充電される場合,前記アノード内の前記ホスト材料の中に入り込む,前記ホスト材料と合金を作る,又は前記ホスト材料に吸着されるに十分な最大の量以下であることを特徴とするアノード。
もしかすると、以下のように記載した方が限定的減縮っぽく見えたかも知れません。
(補正案1)
【請求項1】二次電池用に製作されたアノードであって,電気化学システム内でリチウムを吸着及び脱着することができるホスト材料と,前記ホスト材料の中に既に分散されているリチウム金属とを含み,前記アノード内のリチウム金属は、前記アノードが再充電される場合,前記アノード内の前記ホスト材料の中に入り込む,前記ホスト材料と合金を作る,又は前記ホスト材料に吸着されるに十分な最大の量以下のリチウム金属であることを特徴とするアノード。
(補正案2)
【請求項1】二次電池用に製作されたアノードであって,電気化学システム内でリチウムを吸着及び脱着することができるホスト材料と,前記ホスト材料の中に既に分散されており且つ前記アノードが再充電される場合,前記アノード内の前記ホスト材料の中に入り込む,前記ホスト材料と合金を作る,又は前記ホスト材料に吸着されるに十分な最大の量以下のリチウム金属とを含むことを特徴とするアノード。
何れにしても、この判旨を読んで、最後の拒絶理由通知が来てから慌てないように、最初の拒絶理由通知に対する補正の段階で、将来の補正を見越して対策を取っておくのが重要だと思います。


第5当裁判所の判断1取消事由1(本件補正についての判断の誤り)について特許法17条の2第4項2号は,「特許請求の範囲の減縮(第三十6条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」と定めているから,同号の事項を目的とする補正とは,特許請求の範囲を減縮するだけでなく,発明を特定するために必要な事項を限定するものでなければならないと解される。また,「発明を特定するために必要な事項」とは,特許法「第三十6条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項」とあることから,特許請求の範囲中の事項であって特許を受けようとする発明を特定している事項であると解される。
(1) 本件出願の請求項19は,前記第2の2のとおりであるところ,アノードの「ホスト材料の中にリチウム金属を分散する」こと及び「ホスト材料中とその中に分散された前記リチウム金属」は記載されているが,「アノード内のリチウム金属の量」については,全く記載されていない。
原告は,特許請求の範囲中の記載に「(アノード内の)リチウム金属」に関する言及がある場合には,その量に関する事項は,「(アノード内の)リチウム金属」という概念に内在する特定事項であると主張する。
しかし,「リチウム金属」という記載では,物質の種類を特定したにすぎず,その「量」については,何らの言及がないのであるから,上記の「(アノード内の) リチウム金属」なる記載が「リチウム金属の量」についての特定を含むものではないことは一般的な用語法に照らして明らかであるというべきであって,原告の主張を採用することはできない。

そうすると,本願発明19の特定事項として,「アノード内のリチウム金属の量」が含まれていない以上,請求項19に係る本件補正は,発明を特定するために必要な事項を限定するものではない。
(2) 原告は,ホスト材料が炭素以外の種々のものである場合に,どのような「量」が「中に入り込む,…合金を作る,又は…吸着されるに十分な最大の量以下」であるかについては,当業者は個々のホスト材料ごとに容易に特定し,検証することができると主張するが,「アノード内のリチウム金属の量」が本願発明19の特定事項として含まれているか否かの問題と「量」の特定の容易性の問題とは関係がないから,原告の主張は失当である。
(3)以上のとおり,請求項19に係る補正は,特許請求の範囲を減縮するものであったとしても,発明を特定するために必要な事項を限定するものではないから,特許法17条の2第4項2号の事項を目的とするものとはいえず,本件補正を却下した審決の判断に誤りはない。

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