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【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】じっくり®ヒストリー 石油精製所の発明者 イグナツィ・ウカシェヴィチ(薬剤師としての化学知識を使って灯油の精製プロセスを開発して灯油ランプを病院に売って成功し、その後石油精製事業で大成功した大富豪)

じっくりヒストリー IP HACK

2025.09.08

AKI

私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらはすべて先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。石油は、世界中で使用されているエネルギー資源の中で、非常に重要な立ち位置にあります。エネルギー消費の大部分が石油に頼っており、現代の産業文明を維持する上で欠かせないのが石油産業です。石油産業は上流(アップストリーム)、中流(ミッドストリーム)、下流(ダウンストリーム)の3つからなり、それぞれ重要なフェーズとなっています。この石油産業の先駆者であり、近代的な石油精製所を作ったのがポーランドのイグナツィ・ウカシェヴィチです。今回はそんなイグナツィ・ウカシェヴィチの生涯を振り返っていきましょう。

イグナツィ・ウカシェヴィチの前半生(薬局で働きながらポーランド独立運動を行い、ウィーン大学の薬学科を卒業する)

イグナツィ・ウカシェヴィチは1822年、ポーランド分割後のオーストリア帝国ミーレックの近くにあるザドゥシュニキで生まれました。両親は小さな荘園を借りて暮らしていましたが、ウカシェヴィチが生まれた後に経済的に困窮してしまい、ジェシュフへと引っ越すことになります。ウカシェヴィチはギムナジウムに入学しましたが、学費が払えなかったために1836年に中退しました。その後、ウカシェヴィチ両親に少しでも楽をさせるためにワンツトで薬剤師の補助員として働き始めました。

1840年、ウカシェヴィチはジェシェフに帰り、薬剤師の仕事を続けました。この頃、ウカシェヴィチは政治的な関わりを持つようになり、非合法団体ポーランド民主社会に入会することになります。ポーランドが再び独立することを目指す団体であり、列国の分割に対する全国民蜂起(クラクフ蜂起)を準備することを目的としていました。しかしこの活動が露見し、ウカシェヴィチはオーストリア当局に逮捕されてしまいます。リヴィウで投獄された後、証拠不十分として釈放されたものの、政府はウカシェヴィチを要観察対象としてリヴィウでの滞在を命じました。

ウカシェヴィチはここでも薬局で勤務し、しばらくの間暮らしました。時間が経つと政府からの警戒は解かれリヴィウを離れる許可が降りました。ウカシェヴィチはクラクフ大学に入学し、奨学金を借りながら数年間勉強に励みました。1852年にウィーン大学の薬学科を卒業した後、彼はリヴィウに戻りました。

イグナツィ・ウカシェヴィチの後半生(灯油の精製プロセスを開発して灯油ランプを病院に売って成功し、その後石油精製事業で大成功する)

ウカシェヴィチは長い間、鯨油の代わりに侵出油が使用できるのではないかと考えていました。1853年、ウカシェヴィチは同僚とともに、浸出油から澄んだ灯油を蒸留することに成功しました。その後、この灯油を使ったランプを生産し、地元の病院に提供しました。緊急手術の際に照明として利用できるこの灯油ランプは、近代的な石油産業の起点になったと考えられています。

1854年始めにゴルリツェに移り、仕事を続けました。土地所有者や起業家、そして企業をスポンサーにつけ、共同で石油に関する事業を起こしました。同年、彼はクロスノ近くのボーブルカで、世界最初の油井を開始しました。ウカシェヴィチは灯油と石油の事業をいくつも並行して行い、1856年にはヤスウォの近くのウラゾヴィッチェで世界最初の産業用石油精製所「油分留所」を開設しました。この石油精製所は1859年に火災で焼失するものの、翌年にクロスノの近くにあるポランカで再建されました。

石油をめぐっては非常に多くの資金が動き、ウカシェヴィチは巨万の富を築きました。資産家となったウカシェヴィチは公然と蜂起や難民のための資金調達を支援しました。1865年に大きな有地やホルクフカの村を買い、そこでさらに新たな石油精製所を設立しました。オーストリアの各地で石油産業を展開し、石油を採掘する企業に自身の名前を貸すことでより大きな影響力を獲得しました。

この時代における最もよく知られた実業家の一人として、ウカシェヴィチはガリツィア・セイムの議員に選出されました。 さらに1877年、最初の石油産業会議を開き、国営石油協会を設立しました。

ウカシェヴィチは1882年、ホルクフカで肺炎にかかって亡くなりました。彼の遺体は、自身が資金調達したズレンチンにあるゴシック様式の復活教会の隣の小さな墓地に埋葬されました。

今回は石油産業で一時代を築き上げたイグナツィ・ウカシェヴィチの生涯を振り返りました。石油がエネルギー資源として使われるようになったことで、非常に効率よくエネルギーを生み出せるようになりました。一大産業として展開できたのは、ウカシェヴィチの功績があったからです。これからの石油産業は地球環境問題も指摘されているので、どのように石油と付き合っていくかを考えることが大切ですね。

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