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【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】じっくり®ヒストリー サクソフォーンの発明者 アドルフ・サックス(発明したサクソフォーンがクラシック、軍楽隊、ジャズで使われる大人気の楽器となるが、特許紛争で2度も破産した可愛そうな楽器製作者)

じっくりヒストリー IP HACK

2025.09.01

AKI

私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらはすべて先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。サクソフォーンは、一般に口頭ではサックスと呼ばれる木管楽器の一種です。クラシック音楽やブラスバンド、ジャズなどさまざまなジャンルの音楽で使用されています。サクソフォーンを発明したのが、ベルギーの楽器製造者アドルフ・サックスです。彼はベルギーで発行されていた200フラン紙幣に肖像として描かれたことでも知られています。今回はそんなアドルフ・サックスの生涯を振り返っていきましょう。

アドルフ・サックスの前半生(楽器製作に取り組みサクソフォーンの特許を取得する)

アドルフ・サックスは1814年、ベルギーのディナンで生まれました。父シャルル・ジョセフは楽器製造者で、父譲りの才能でサックスも楽器の製作者を目指しました。サックスはブリュッセルで楽器の製作を学び、その後から本格的に楽器製作に取り組み始めました。20歳になると、バスクラリネットの設計で特許を取得しました。

1841年、サックスはパリに移住し、バルブ機構付きの金管楽器の開発で名を上げていきました。この楽器は1844年ごろから「サクソルン」と呼ばれるようになり、各国で普及しました。サックスの発明以前から同様の楽器は存在していましたが、サクソルンは他のものよりも優れた設計がなされていました。

その後、サックスは彼の最大の発明であるサクソフォーンの特許を取得しました。サクソフォーンはバスクラリネットを改良する仕事をしたときに思いついたアイデアで、金管楽器の遠達性と木管楽器の俊敏性を併せ持つ楽器として発明されました。この性質が音楽家に評価され、多くのジャンルで利用されるようになっていきます。

アドルフ・サックスの後半生(サクソフォーンがクラシック、軍楽隊、ジャズで使われる大人気の楽器となるが、特許紛争で2度も破産する)

1840年代と1850年代、サクソフォーンはクラシックアンサンブル、フランス・イギリスの軍楽隊などで使用されるようになりました。教則本も出版され、ヨーロッパの各地でサクソフォーンの指導が行われました。ギャルド・レピュブリケーヌ管弦楽団では、1856年まで8本のサクソフォーンをオーケストラの編成に含めていました。

19世紀の末ごろになると、ヨーロッパのクラシック音楽界はサクソフォーンへの関心を薄めていきました。このままサクソフォーンは廃れるかと思われましたが、第22連隊楽団のリーダーであるパトリック・ギルモアと、オランダからの移住者であり、サックスと家業の関係を持つサクソフォーン奏者のエドワード・A・ルフェーブルの努力によって、サクソフォーンはアメリカで普及し始めました。

20世紀に入るまで、サクソフォーンは「目新しいだけの楽器」という立ち位置にありました。しかしアメリカでサクソフォーンが普及したこともあり、再び多くの楽団でサクソフォーンが使われるようになりました。特にジャズシーンでの使用が多く、サクソフォーンはジャズの基礎にまでなったのです。

サックスは、生涯を通じて楽器製作とパリ音楽院でのサクソフォーン教育に携わりました。しかし競合の楽器製作者たちは、サックスの特許に正当性がないと考えて繰り返し攻撃を加えました。さらにサックスとサクソフォーンの会社に対して長期的な訴訟を起こし、サックスは2度も破産に追い込まれました。

長期に及んだ法廷闘争でサックスは心身を病み、1853年と1858年の2度にわたって癌のために入院することになります。数十年後、パリ音楽院教授職の後任にマルセル・ミュールが就任し、サクソフォーンの地位は飛躍的に向上しました。

1894年、サックスはパリで死去し、モンマルトル墓地に埋葬されました。

今回は、木管楽器のサクソフォーン(サックス)を発明したアドルフ・サックスの生涯を振り返りました。時代とともに、音楽の世界でも新しい楽器が生み出されてきました。一から楽器を作って普及させた功績は非常に大きなものではないでしょうか。サックスの発明秘話を知ると、サクソフォーンの音色も少し違って聞こえるかもしれませんね。

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