【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】じっくり®ヒストリー 「ルノアール・エンジン」の発明者 ジャン=ジョゼフ・エティエンヌ・ルノアール(2ストロークガスエンジンであるルノアール・エンジンを発明したが、オットーの発明した4ストロークガソリンエンジンに敗北してしまった悲しい発明家)
2025.06.06

AKI
私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらはすべて先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。自然の中には、さまざまなエネルギーが存在します。光や熱、風や水などのエネルギーを利用して、電気やエンジンなどの道具が発明されてきました。その中で、シリンダーを使って燃料を燃やし、発生したガスを利用する仕組みのことを内燃機関といいます。内燃機関は蒸気機関に代わる新たなエンジンとして19世紀の中頃から大量生産され始め、現在までに幾度も改良を加えられてきました。内燃機関の大量生産に世界で初めて成功したのが、フランスの技術者ジャン=ジョゼフ・エティエンヌ・ルノアールです。彼は「ルノアール・エンジン」と呼ばれる内燃機関を発明し、エネルギー業界に大きな影響を与えました。今回はそんなジャン=ジョゼフ・エティエンヌ・ルノアールの生涯を振り返っていきましょう。
ジャン=ジョゼフ・エティエンヌ・ルノアールの前半生(電気工学を学んで内燃機関の開発に取り組み、2ストロークガスエンジンであるルノアール・エンジンを発明する)
ジャン=ジョゼフ・エティエンヌ・ルノアールは1822年、ルクセンブルク領ムスィ=ラ=ヴィルで生まれました。彼は幼少期を祖国で過ごし、のちにフランスへと移住します。30歳代ごろにはパリに住み、電気メッキに興味を抱いていたルノアールは電気に関する発明を行うようになっていきました。発明家として活動を始めたばかりの頃には電信の改良などを行い、技術者としての腕を磨いていきました。
1859年、ルノアールは電気の知識を活用して、内燃機関の開発に取り組みました。これは1801年に開発されたガスエンジンに手を加えたもので、電気で点火する単気筒2ストロークガスエンジンでした。点火装置にはバッテリーと誘導コイルを用いており、シリンダーの機構は蒸気機関と同様、ピストンの両側から交互に作動するダブルアクション機構を採用しました。蒸気機関と異なる点は、シリンダー内両端に点火プラグが備わり内燃機関としてシリンダー内で燃焼が起こることにありました。
内燃機関はそれまでにも実現可能な技術であることが判明していましたが、広く業界に普及できるほどの数を生産するのは難しいものでした。ルノアールの内燃機関は当時の主流だった蒸気機関と似た仕組みを活用したもので、蒸気機関よりも小型で使いやすい新たなエンジンとして市場に受け入れられました。電力も十分に確保できなかった当時、このエンジンは工場などで重宝されたのです。ルノワール・エンジンは400台以上生産され、1861年にはこのガスエンジンがボートに搭載された世界初のモーターボートがセーヌ川で走行しました。
ジャン=ジョゼフ・エティエンヌ・ルノアール(さらに4ストロークエンジンや水素自動車を発明するが、オットーの発明した4ストロークガソリンエンジンに敗北する)
2ストロークエンジンの登場から、世界各地の発明家達がより効率よく、さらに生産もしやすいエンジンを作ろうと研究に取り組みました。1862年、フランスの技術者アルフォンス・ボー・ドゥ・ロシャスはガスに火をつける前に燃料と空気を混ぜて圧縮させる4ストロークエンジンの考え方を発表しました。これをもとに、ルノアールは4ストロークエンジンを実現しました。燃料には水を電気分解することで発生する水素ガスを使い、同年には水素自動車を発明します。この水素自動車はパリ市内を出発し、18kmの距離を3時間かけて走行しました。
その後、ニコラス・オットーが新たにガスではなくガソリンを燃料に使用する4ストローク・サイクルの内燃機関技術を開発しました。オットーが開発したエンジンはルノアール・エンジンに比べると燃費や動作性能の面で優れていたため、全体のシェアはオットーエンジンに傾き始めました。オットー・エンジンはルノアールの技術を参考にして作られたもので、オットーはルノアールの活躍を見て奮起し、この発明を達成したのです。
エンジンのほか、ルノアールは80もの特許を取得しました。ホワイトエナメルの製法や電気メッキの改良、馬車(ワゴン)用電気ブレーキなどが彼の発明したものの一例です。ルノワールのエンジンは、パリの工芸博物館に展示されており、その偉業を讃えられています。また、彼は電信の開発の功績によりレジオンドヌール勲章を受勲し、フランス国籍を獲得しました。
1900年、ルノアールは寿命を迎え、ペール・ラシェーズ墓地に葬られました。
今回は世界で初めて大量生産が可能な内燃機関を発明したジャン=ジョゼフ・エティエンヌ・ルノアールの生涯を振り返りました。蒸気機関から内燃機関への移行がおこったのは、ルノアールの発明があったからといってもよいでしょう。ルノアール・エンジンはすぐに改良され、次々に新しいエンジンが生み出されていきました。彼の功績が現代まで続き、エネルギーの形は進化し続けていることを考えると、壮大な歴史を体験しているようで誇らしい気持ちになりますね。


