【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】じっくり®ヒストリー 細菌がウイルスへの抵抗を持つのは突然変異によって発生することを証明した マックス・デルブリュック(ルリア=デルブリュックの実験で、ノーベル生理学・医学賞を受賞した生物物理学者)
2024.07.16
AKI
私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらはすべて先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。細菌やウイルスは、人間の体内に入って繁殖することで知られています。病気の原因となるため、人間からすれば対策すべき敵といえる存在です。そんな細菌やウイルスの繁殖方法や特徴を研究することで、治療薬の開発や予防法の確立など、より安全に暮らすための医療の知恵ができていきます。研究の中で、「細菌のウイルス抵抗性は適応の結果によるものではなく、突然変異によるものである」ということが証明されました。この研究はルリア=デルブリュックの実験と呼ばれ、研究者には1969年度のノーベル生理学・医学賞が与えられました。ルリア=デルブリュックの実験を行ったのが、アメリカの生物物理学者マックス・デルブリュックです。彼は生物に関して大きな実績を残した人物であり、バクテリオファージの成長について論文を発表したことでも知られています。今回はそんなマックス・デルブリュックの生涯を振り返っていきましょう。
マックス・デルブリュックの前半生(宇宙物理学を学ぶが、途中で生物物理学に転じる)
マックス・デルブリュックは、1906年ドイツのベルリンで生まれました。父ハンスはベルリン大学で歴史を研究する権威であり、母は有機化学の確立に大きく貢献した19世紀最大の化学者の一人としても知られるユストゥス・フォン・リービッヒの孫娘でした。学者の両親を持つデルブリュックは、自身も研究の道を歩むことになります。
当初、デルブリュックは宇宙物理学を勉強していました。しかし途中で理論物理学に興味を持ち始め、ゲッティンゲン大学に入るとともに転向。1930年に博士号を取得すると、彼はイングランドやデンマーク、スイスなどに足を向けました。旅の途中でヴォルフガング・パウリ、ニールス・ボーアなど有名な物理学者たちと出会い、話を聞く機会を得たことで、生物学への興味を深めていきます。1932年、長い旅を終えたデルブリュックはベルリンに帰国しました。ベルリンに帰ると、そこでデルブリュックは遺伝学の研究で有名なハーマン・J・マラーと出会いました。このことをきっかけに、デルブリュックは遺伝学の研究にも興味を持つようになっていきました。
より生物学を深く研究するため、デルブリュックは1937年にアメリカへと渡ります。カリフォルニア工科大学に入り、ショウジョウバエの遺伝学の研究を始めました。またデルブリュックは遺伝学のほかに、細菌やウイルスなど微生物の研究も行っていました。1939年、彼はE.L.エリスとともにウイルスは細胞生物とは異なり、複雑な段階を踏まずに分裂することで増殖していくことを明らかにした論文を著しました。
マックス・デルブリュックの後半生(ルリア=デルブリュックの実験でノーベル生理学・医学賞を受賞する)
1941年、デルブリュックはメアリー・ブルースと結婚し、4人の子供をもうけました。第二次世界大戦は激化し、ドイツ国内でもナチス政権が勢力を増していきました。兄ユストゥス・デルブリュック、姉エミー・ボンヘッファー、その夫クラウス・ボンヘッファーはナチスへの抵抗運動に参加し、人種差別や攻撃的な政策への反意を表明しました。これがきっかけでクラウスは拘束され、処刑されてしまいます。
デルブリュック自身は、戦争が始まってもアメリカ合衆国に留まり、研究を続けました。1942年、デルブリュックはインディアナ大学のサルバドール・エドワード・ルリアとともに、細菌がウイルスへの抵抗を持つのは、突然変異によって発生するものという内容の研究を発表しました。ルリア=デルブリュックの実験でもこの考えは証明され、1969年度のノーベル生理学・医学賞を受賞しました。1950年代からは、生物物理学の手法を使って感覚生理学の研究を始めました。ケルン大学にも分子遺伝学の研究所を立ち上げ、デルブリュックの研究者としての格を上げていったのです。
20世紀の初めごろ、このようにして、生物物理学と呼ばれる新しい学問領域が生まれていきました。生物の進化や変化は神秘的なものではなく、物理的な現象であるという理解が広まっていったのです。数多くの研究者が生物を物理学の視点から解き明かそうと試みていました。デルブリュックはそんな研究者たちの中で、もっとも多大な影響をもたらした人物として知られています。細菌やウイルスの研究は今でも続けられ、感染症や病原菌・ウイルスの解明に役立てられています。
1940年代、デルブリュックはコールド・スプリング・ハーバー研究所にバクテリオファージ遺伝学の研究所を創設。デルブリュックが推進したファージ・グループは、初期の分子生物学の発展に大きな役割を果たしたのです。
1967年、デルブリュックは王立協会外国人会員に選出。またアメリカ物理学会によってマックス・デルブリュック賞が設立され、その功績を讃えられました。
今回は生物物理学の分野で大きな功績を残したマックス・デルブリュックの生涯を振り返りました。細菌やウイルスは人体に悪影響を及ぼすものですが、特徴を知ることによって対策できるようになります。未知の細菌やウイルスはいつ現れるのか、予想することはできません。それでも研究によって多くの人々の生命と健康を守ることができます。細菌・ウイルスの研究がこれからどうなっていくのか、非常に楽しみです。