【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】じっくり®ヒストリー ホロフォニクスの発明家 ウーゴ・スカレーリ(イングランド出身ロックバンド「ピンク・フロイド」も活用した立体的に音を響かせるための音響技術=ホロフォニクスを生み出した天才発明家)
2024.07.01
AKI
私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらはすべて先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。立体音響技術は、現代の音楽にも取り入れられています。イヤホンやヘッドホンを通してさまざまな方向から音が聞こえてくる感覚は、まるでライブの音声を聴いているかのようなリアリティを楽しめます。この技術が生まれたことによって、音楽を聴くのがより楽しくなりました。ホロフォニクスも、立体的に音を響かせるための音響技術のひとつです。イングランド出身ロックバンド「ピンク・フロイド」もホロフォニクスの手法を音作りに取り入れていました。ホロフォニクスを開発したのは、アルゼンチンの技術者ウーゴ・スカレーリです。彼が生み出したホロフォニクスはあらゆる方向から音が聞こえてくる感覚を体験できるため、イギリスの音楽シーンに大きな衝撃を与えました。今回はそんなウーゴ・スカレーリの生涯を振り返っていきましょう。
ウーゴ・スカレーリの前半生(立体的に音を響かせるための音響技術=ホロフォニクスを生み出す)
ウーゴ・スカレーリは、アルゼンチン出身の技術者です。ブエノスアイレス大学で電子工学と化学を学び、その後にはミラノ工科大学に留学して音響技術を学びました。ミラノ工科大学に在学中、スカレーリはホロフォニクスを開発しました。
1983年、スカレーリはCBSで「スカレーリ・ホロフォニクス」という作品を公開します。これはマッチを振る音や、ある人物が床屋を訪れる際の周囲の音、花火の音などを録音した作品で、立体的な音の聞こえ方が話題を呼びました。オーディオの品質にかかわらず、あらゆる方向から音が伝わる音響効果を編み出したことは音楽ファンの心を掴みました。人気を博した一方で、ホロフォニクス効果については論争も巻き起こりました。この技術のもたらす効果は、バイノーラル録音(ダミーヘッドやイヤホンマイクを用いることで人間が実際に音楽を聞いている環境を作り出す手法)や立体音響方式などの効果とほとんど変わりません。これらの一般的な技術を比べても、ホロフォニクスに異なる点や優れている点は見つかりませんでした。その理由の一つに挙げられるのは、スカレーリ本人がホロフォニクス技術の詳細を公開していないことです。彼の主張では、「音像定位(ある音がどこで発されたか特定すること)の役割を果たす」とされていますが、これを証明する術は今のところありません。さらに音響の干渉効果についてはすべて秘匿しているため、第三者による研究や検証は不可能という状態になっています。頭部伝達関数統合やバイノーラル録音を経た適切な「空間手がかり」(音による空間把握の手がかり)などに関する研究は多く存在します。
ウーゴ・スカレーリの後半生(ロックバンド「ピンク・フロイド」がホロフォニクスを活用する)
公開から数年後、大人気ロックバンドのピンク・フロイドがホロフォニクス効果を作曲に取り入れ、再び注目を集めるきっかけとなりました。ピンク・フロイドはプログレッシブ・ロックの先駆者であり、「クリムゾン」「イエス」「ジェネシス」「エマーソン・レイク・アンド・パーマー」と肩を並べる5大バンドのひとつとされています。
ピンク・フロイドの魅力は、サイケデリック・ロック、ブルース、フォークなどを織り交ぜた曲作りです。作曲手法に用いたホロフォニクスに代表されるような大掛かりな仕掛けはファンの心をくすぐり、ライブでも大きな盛り上がりを見せていました。また音楽性のみならず、現代社会に巣くう人間の心の闇や政治問題を含めた歌詞も共感を呼び、世界中のファンから愛されるバンドとなりました。代表作『狂気(The Dark Side of the Moon)』は5,000万枚、『ザ・ウォール (The Wall)』は3,000万枚、『炎〜あなたがここにいてほしい(Wish You Were Here)』は2,300万枚のセールスを記録し、レコード・CD総売り上げは2億枚〜2億5000万枚以上と、商業的にも大成功を収めました。
ピンク・フロイドはプログレッシヴ・ロックの代表格として名高いアーティストですが、技巧派というよりは音作りでファンを引き込むスタイルを保持していました。立体的なサウンド、そして気だるさとファンタジーを合わせもつ音楽性は、後進のアーティストにも大きな影響を与えました。
今回は、ホロフォニクスの開発者ウーゴ・スカレーリの生涯を振り返りました。音響技術はさまざまな種類がありますが、その一角となる技術を生み出した発想力は素晴らしいものです。しかし現状、ホロフォニクスが他の方法より優れているという証明はなされていません。いつの日か、ホロフォニクスの原理が解明され、より効率的に立体音響を再現できるようになることを期待しましょう。