【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】じっくり®ヒストリー ポリ塩化ビニルの発明家 オイゲン・バウマン(カール・ショッテンとともに「ショッテン・バウマン反応」を発見した天才化学者)
2024.02.13
AKI
私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらはすべて先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。ポリ塩化ビニルは、上下水道のパイプや電線、壁装材、さらには自動車や家電、日用品などさまざまな用途で用いられています。汎用性の高いポリ塩化ビニルは、今や製造に欠かせないアイテムのひとつです。ポリ塩化ビニルを初めて作成したのは、ドイツの化学者だったオイゲン・バウマンです。彼はカール・ショッテンとともに研究を行い、「ショッテン・バウマン反応」を発見しました。彼らは化学の発展に大きく貢献した偉大な人物として歴史に名を残しています。今回はそんな、オイゲン・バウマンの生涯を振り返っていきましょう。
オイゲン・バウマンの前半生(薬学を学んで博士号を取得する)
オイゲン・バウマンは、1846年、ドイツ・シュツットガルトで生まれました。現地のギムナジウムに通い勉学を収め、父親が経営していた薬局でも教養を深めていきました。シュツットガルトにいる間、大学でヘルマン・フォン・フェーリングの講義を受け、化学の知識を蓄えていきました。
大学で学びを深めたバウマンは、もっとハイレベルな教育を受けるためにシュツットガルトを離れる決断をしました。向かった先はリューベック、そしてヨーテボリという2つの都市です。バウマンはそれぞれの場所で薬局に勤務し、薬剤の調合を通して化学物質について学びを深めました。その後、テュービンゲン大学で薬学を学び、1872年には博士号を取得しました。当時教授を勤めていたホッペ=ザイラーを追い、ストラスブール大学へと転入。1876年にハビリテーション(先天性障害や幼少時からの障害を対象として持っている機能を生かしてさらに発達させる治療)も行うようになります。医療系の分野で目覚ましい活躍を遂げたバウマンは研究者たちの間で有名となり、著名人にも注目されるようになっていきました。そんな折、バウマンはベルリン大学で電気生理学を研究していたエミール・デュ・ボア=レーモンから、同校で生理学研究所における化学部門長のポストに就任するオファーを獲得します。バウマンはこの誘いに応じ、のちに医学教授となりました。その後はフライブルク大学の教授を務め、化学の研究に打ち込みました。
オイゲン・バウマンの後半生(カール・ショッテンとともに「ショッテン・バウマン反応」を発見して「ポリ塩化ビニル」を発明する)
バウマンが生理化学に興味を持つようになったのは、尿の成分がきっかけです。尿に含まれる有機硫黄化合物を研究し、芳香族化合物のもととなる物質がチロシンなどをはじめとする芳香族アミノ酸であることを特定しました。バウマンの研究では、チオアセタールとチオケタールを合成し、有機硫黄化学に影響を与えました。これらの物質は麻酔などに使用され、痛みを感じさせず、より安全に治療を行えるように医療を進歩させていきました。また、バウマンは同僚とともに研究を行い、サイロキシンが甲状腺の分泌に有効であることを発見したことでも知られています。
彼の人生の中でもっとも大きな功績として語られているのは、「ショッテン・バウマン反応」と呼ばれる化学反応を発見したことです。簡単に説明すると、カルボン酸塩化物とアルコールまたはアミンを水酸化ナトリウム水溶液に溶かし、エステルやアミドといった物質を作り出す方法です。抽出された物質は「ポリ塩化ビニル」と呼ばれる素材の材料となり、あらゆる製造の場で活用されています。
ショッテン・バウマン反応は1884年にカール・ショッテンが、1886年にバウマンがそれぞれ報告しました。この発見は多くの化学者に衝撃を与え、化学が大きく発展するきっかけになりました。現代でもこの実験は製造に役立てられており、バウマンは偉大な発明家として名を残すことになったのです。
1895年、バウマンはアルブレヒト・コッセルとともにホッペ=ザイラーの仕事を引き継ぎました。研究者としての全盛期、バウマンはヘルマン・フランツ・モーリッツ・コップの愛娘と結婚し、5人の子どもをもうけました。子宝に恵まれたバウマンは責任のある役職につきながら家庭も大事にし、家族は幸せに暮らすことができました。1896年、バウマンは心臓病を患い、その偉大な生涯を終えました。彼の功績は現代でも語り継がれています。
今回は、ドイツの化学者として活躍したオイゲン・バウマンの生涯を振り返りました。「ショッテン・バウマン反応」に名を残す彼の人生は、化学史にとっても大きなものとなりました。彼が見つけ出した反応により生み出されるポリ塩化ビニルは、今や日常生活に欠かせない素材として活用されています。今の便利な暮らしの裏に、先人たちの挑戦や苦悩があることを知ると、普段の景色も少し見え方が変わるような気がしますよね。