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【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】じっくり®ヒストリー 結晶育成法のひとつ「チョクラルスキー法」の発明家 ジャン・チョクラルスキー(ナチスドイツに協力した疑いで教授職を剥奪された可哀想な発明家)

2024.01.12

AKI

私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらはすべて先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。物質は、熱したり冷やしたりすることで固体の結晶へと姿を変えます。この結晶化を発生させるための手法の戸とつに、「結晶育成法」というものがあります。結晶育成法は化学や生物学、地質学など様々な科学分野で重要な役割を果たしています。結晶育成法のひとつ「チョクラルスキー法」を発見した人物が、ポーランドの科学者として活躍したジャン・チョクラルスキーです。チョクラルスキー法は半導体や金属、塩類や人造宝石などの高純度の単結晶を成長させる手法であり、現代でも高品質な結晶を作るために様々な現場で活用されています。今回はそんなチョクラルスキー法の発明者、ジャン・チョクラルスキーの生涯を振り返っていきましょう。

ジャン・チョクラルスキーの前半生(偶然の失敗からチョクラルスキー法を発明する)

ジャン・チョクラルスキーは、1885年、旧ドイツ帝国ポーゼン州のエクシン(現在のポーランド)で生まれました。5歳のころにベルリンへと移住し、金属に関する勉強を行いました。学生時代はカロッテンブルク・ベルリン工科学校に通い、金属科学を専攻していました。1907年、大学を卒業したチョクラルスキーはドイツの大手家電メーカーであるAGEで働き始めました。技術者として入職したチョクラルスキーは学問の才能を活かし、多くの発明に関わりました。

一般企業に勤める技術者として、何の変哲もない日常を送っていたチョクラルスキーでしたが、ある日の些細な出来事をきっかけに彼の人生は一変します。1916年のあるとき、チョクラルスキーは使っていたペンをインク入れと間違え、るつぼ(高熱を利用して物質の溶融・合成・保温を行う際に使用する耐熱容器)に入れました。ペンを引き上げると、毛先に薄い金属が固まっており、成分を調べるとその金属は単結晶であることがわかりました。

この現象は他の物質でも使うことができ、確立した結晶成長法として「チョクラルスキー法」を発表しました。半導体や金属、塩類など製品製造に欠かせない物質の結晶を作る手法として評価され、多くの科学者たちからも評価されるようになります。1918年、チョクラルスキーはドイツの科学雑誌で [金属の結晶化率を測定する新しい方法]と題する論文を発表しました。スズや亜鉛、鉛の結晶化率を測れるようになったことで、科学分野に大きな発展をもたらしました。

ジャン・チョクラルスキーの後半生(ナチスドイツに協力した疑いで教授職を剥奪される)

同年、ポーランドは支配を受けていたドイツから独立しました。チョクラルスキーはポーランドの独立後もドイツで活動していましたが、1928年にイグナツィ・モシチツキ大統領から帰還要請を受けると、ポーランドに戻ってワルシャワ工科大学化学部の冶金学および金属研究部門の教授に就任しました。

程なくして、ドイツがポーランド侵攻を行ったことにより、第二次世界大戦が勃発しました。ヨーロッパとアジアのほとんどを取り巻く大規模な戦火の中にあり、世界中が武器の開発に心血を注ぎました。チョクラルスキーも、対独抵抗組織国内軍(アルミア・クラヨヴァ)の技術者として手榴弾の開発に関わりました。

やがて、ドイツ・イタリアの降伏により第二次世界大戦が終結。そして日本のポツダム宣言受諾により、太平洋戦争が終結し、全面的な終戦となりました。戦後、チョクラルスキーはドイツに武力的な協力を行ったとして共産党政権により拘留されます。この拘留は一時的なものであり、裁判所によって嫌疑は取り下げられました。しかし大学はこの一件を重く見て、チョクラルスキーの教授職を剥奪しました。

職を失ったチョクラルスキーは大学を離れ、故郷のクチニアに戻りました。ここでは化粧品や家庭の化学薬品の製造に従事し、人々の役に立つ製品を作り続けました。1953年にポズナニで亡くなるまで、この生活を続けました。

チョクラルスキーの死後も戦時中の行動については調査が進められていました。生前に発表できなかった事実として、レジスタンスに協力していたことが明らかになりました。ワルシャワ工科大学はチョクラルスキーの名誉を回復して、彼を悼みました。

今回は、旧ドイツ帝国(ポーランド)の科学者であるジャン・チョクラルスキーの生涯を振り返りました。高品質な結晶を作るための結晶成長法である「チョクラルスキー法」を編み出し、科学分野での多大な貢献を果たしました。第二次世界大戦の勃発により彼の人生は薄暗いものとなってしまいましたが、人々の役に立った功績は忘れないようにしたいものです。どんな分野でも先人たちの偉業があり、その足跡を辿ることは今を生きる私たちのヒントになるでしょう。日常の些細な出来事から、新しい何かを探してみると、また面白い発見があるかもしれませんね。

 

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