【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】じっくり®ヒストリー 青色LEDの発明者 赤﨑勇(青色LEDの発光源となる窒化ガリウムの結晶化に初めて成功してノーベル物理学賞を受賞した努力家肌の研究者)
2025.09.26

AKI
私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらはすべて先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。発光ダイオード(LED)は、半導体を利用した発光体です。白熱灯や蛍光灯とはさまざまな点が異なり、価格や耐久性の面で優れています。LEDには主に2つの種類があり、青色LEDと白色LEDに分類されます。青色LEDの実用化には、日本の科学者たちが大きく貢献しました。青色LEDの発光源となる窒化ガリウムの結晶化に初めて成功したのが、半導体工学者の赤﨑勇です。彼はこの成功によって2014年にノーベル物理学賞を受賞しました。今回はそんな赤﨑勇の生涯を振り返っていきましょう。
赤﨑勇の前半生(京大を出て神戸工業、名古屋大学、松下電器などで半導体研究者として活躍する)
赤﨑勇は1929年、鹿児島県で生まれました。幼少期から高校までを地元の鹿児島で過ごし、その後京都大学理学部に入学して勉学に打ち込みました。大学時代は学友と共に神社巡りに行ったり、山歩きやクラシック鑑賞などをして充実した生活を送っていたようです。
京都大学を卒業した後、神戸工業に入社します。この会社はソニーと肩を並べる企業であり、優秀な半導体研究者が数多く在籍していました。入社後、赤崎はブラウン管の開発を担当し、日本に初めて国産テレビが生まれたことで放送が開始されました。1959年、京都大学の先輩であり、半導体素子研究や電子放射分野で活躍していた有住徹弥が名古屋大学工学部電子工学科教授に転出することを決めました。彼は赤崎に自分の助手にならないかと誘いました。赤崎は唐突な有住の誘いに戸惑い、最初は断ったものの、有住の熱烈なアプローチに根負けして彼についていくことにしました。名古屋大学では助手、講師、助教授を務め、研究をしながら教育にも力を入れました。
1964年、赤崎は数々の名だたる企業からスカウトを受けるようになります。パナソニックの前身である松下電機や現在のNTTである日本電信電話公社など、大企業が彼の能力を欲しがりました。赤崎は松下電器東京研究所に入社することを決め、32歳という若さで研究室長のポストを与えられました。その後、基礎第4研究室長を務めたのち松下技研株式会社半導体部長に就任します。
研究所ではさまざまな半導体に関連する研究を行い、特に電気と光学性質に関する分野では目覚ましい業績を上げていきました。
赤﨑勇の後半生(松下電器で赤色LED、緑色LEDを発明し、名古屋大学で窒化ガリウム (GaN)高輝度青色LEDを発明してノーベル物理学賞を受賞する)
1968年、赤崎はモスクワで開かれた半導体物理国際会議で、世界最高の電子移動度を誇るGaAs半導体を発表します。この発表で赤崎には世界中の研究者から注目が集まりました。その後、世界最高となる赤色LED、緑色LEDを発明し、さらには世界初のLEDを発明したイリノイ大学に次いで世界で2番目となる赤色レーザーの発振に成功しました。
1981年、松下技研半導体部長を辞職し以前から要請の出ていた名古屋大学に復帰し、工学部電子工学科教授に就任。大学では異例となる独自の研究室を赴任初年度に開設します。
赤崎の最大の功績は、窒化ガリウム (GaN)高輝度青色LEDの発明です。窒化ガリウム (GaN) 結晶化の結晶化は、青色LEDを誕生させるために欠かせない作業であり、多くの学者や研究者が試行錯誤を繰り返していました。しかしこの物質は取り扱いが非常に難しく、研究を進めていくのは困難でした。そうした状況にありながら、赤崎は研究を続けていきました。原理上不可能と考えられていた窒化ガリウムp型伝導を発見し、最難解だったPN接合を実現した青色発光ダイオードを1989年に発明。青色発光ダイオード誕生の経緯について論文を発表しました。
赤崎研究室では、InGaN(窒化インジウムガリウム)の生成に成功しました。InGaNは青色LEDを広範囲に適用できる性質を持っており、窒化ガリウムの完全結晶化ができるようになったのです。InGaNを青色LED・青色レーザーの設計層に加えるだけで、青色LED、短波長半導体レーザーの発光度が強化され実用化されました。
青色LEDの誕生は不可能と考えられていたため、このニュースは業界を震撼させました。その成果を讃えて、2014年度ノーベル物理学賞を受賞しました。
1992年、赤崎は名古屋大学を定年退官。1992年からは名城大学理工学部教授に就任しました。その後気管支肺炎を患い、名古屋市内の病院に入院して闘病生活を送りましたが、2021年に最期を迎えました。
今回は、青色LEDの開発に大きく貢献した赤﨑勇の生涯を振り返りました。業界内で不可能と考えられていた青色LEDの研究をやめることなく続け、実際に成果を出したのは素晴らしい功績です。イルミネーションの光を眺める時に、彼のような先人の功績があったことを思い出すと、より美しく映るかもしれませんね。



