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優先権主張に関する審査基準を知財高裁が否定した事例(旋回式クランプ事件)

2012.03.06

伊藤 寛之

以下の記事で詳細に記載していますが、人工乳首事件では、優先権出願において、より具体的な実施形態を追加した場合には、その実施形態を概念上含む請求項についても、優先権の利益が認められないと判断されました。
この判決に従えば、実施形態の追加によって、基礎出願に記載されていた発明についてまで出願日が繰り下がってしまうというトンデモない自体が生じてしまいます。
このような常識から外れた判決に特許庁が従う訳がないと思っていましたが、なんと、審査基準に取り込まれてしまいました。
下記引用部分は、パリ優先についてのものですが、国内優先にも引用されています。
4. パリ条約による優先権の主張の効果についての判断
4.1 基本的な考え方
日本出願の請求項に係る発明に、第一国出願の出願書類の全体に記載した事項の範囲を超える部分が含まれることとなる場合(日本出願に発明の実施の形態が追加される場合等)
第一国出願の出願書類の全体には記載されていなかった事項(新たな実施の形態等)を日本出願の出願書類の全体に記載したり、記載されていた事項を削除(発明特定事項の一部の削除等)する等の結果、日本出願の請求項に係る発明に、第一国出願の出願書類の全体に記載した事項の範囲を超える部分が含まれることとなる場合は、その部分については、優先権の主張の効果は認められない
(参考:東京高判平15.10.8、平成14年(行ケ)539号審決取消請求事件「人工乳首」)

この基準を読んでも訳が分からないですよね。原文の判決文を読んでも訳が分からないので、当然です。
優先権というのは先行技術が基礎出願と優先権出願の間にない場合には全く関係ありません。多くの引例は、結構古いものですので、優先権が問題になる事案はあまりありません。そこで、この人口乳首事件は、薄気味悪い存在として、実務家を悩ましていました。「優先権」という言葉の響きからは、何か得なことがありそうな感じですが、実際は逆で、基礎出願をリスクに晒してしまうちょっとヤバめの制度になってしまったからです。そうはいっても、別出願にするよりも一つの出願にまとめたいので、リスクを承知で優先権出願をすることもありました。
つい、先日でた判決では、特許庁は、無効審判において、審査基準に沿った内容で優先権の判断を行いました。
平成 23年 (行ケ) 10127号 審決取消請求事件
よって,本件発明1における『ハウジング(3)に支持した』点は,少なくとも,優先2及
び3に記載された事項の範囲内であると認められ,少なくとも,優先2の平成13年12月1
8日が,特許法29条の規定の適用における基準日となされる。(優先3の出願日は平成14年
4月3日)
しかしながら,・・・本件発明1及び2は,後の出願の特許請求の範囲(本件の場合,本件発
明1ないし4)に記載された発明の要旨となる技術事項(本件の場合,本件発明3,明細書段
落【0005】の請求項3に係る部分,同段落【0020】,【0033】,【0036】に記載
の技術事項)が,先の出願(本件の場合,優先1ないし優先3)の出願当初明細書及び図面に
記載された技術事項の範囲を超えることになることは明らかであるから,その越えた部分につ
いては優先権主張の効果は認められない。
すなわち,本件発明1及び2は,旋回溝の構成を有
するものであり,本件特許の現実の出願日である平成14年10月10日付けの願書に添付さ
れた明細書によって,その角度を特定したことにより,前述のように新規事項を含むことにな
るから,特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された発明の要旨となる技術事項が,先の出
願の当初明細書及び図面に記載された技術的事項の範囲を超えることになることは明らかであ
る。
よって,本件特許においても本件発明1は,先の出願の当初明細書及び図面に記載された技
術的事項の範囲を超えることとなり,優先権主張の効果は認められない。
同様の理由により,本件発明2においても,先の出願の当初明細書及び図面に記載された技
術的事項の範囲を超えることとなり,優先権主張の効果は認められない。
したがって,本件発明1及び2の,29条の規定の適用についての基準日は,実際の出願日
である平成14年10月10日である。

裁判所は、この判断を完全に否定しました。

4 取消事由4(本件発明1,2に係る新規事項の追加の有無の判断の誤り,無
効理由6関係)について
本件発明3の特許請求の範囲では,「請求項1または2の旋回式クランプにおい
て,」との特定がされ,本件発明1又は2の構成を引用しているものであるが(従属
項),本件発明1では,クランプロッドのガイド溝につき,「周方向へほぼ等間隔に
並べた複数の」との限定,「第2摺動部分(12)に設けた複数の」との限定や「上
記の複数のガイド溝(26)は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ね
て設けた旋回溝(27)と直進溝(28)とを備え,上記の複数の旋回溝(27)
を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝(28)を相互に平行状に配
置し,」との限定が付されているにすぎない。また,本件発明2でも,クランプロッ
ドのガイド溝につき,「前記ガイド溝(26)を3つ又は4つ設けた」との,ガイド
溝の個数に関する限定が付されているにすぎない。
そうすると,本件発明1,2では,ガイド溝の傾斜角度に関する特定はされてい
ないから,上記傾斜角度に関する本件発明3の発明特定事項である「傾斜角度を1
0度から30度の範囲にした」との事項が第1ないし第3基礎出願に係る明細書(図
面を含む。)で開示されていないからといって,本件発明1,2が上記事項を発明特
定事項として含む形で特定されて出願され,特許登録されたことになるものではな
い。この理は,例えば請求項3(本件発明3)が特許請求の範囲の記載から削除さ
れた場合を想定すれば,より明らかである。したがって,本件発明1,2(請求項
1,2)の特許請求の範囲の記載に照らせば,旧特許法41条1項にいう先の出願
「の願書に最初に添付した明細書又は図面・・・に記載された発明に基づ」いて特
許出願されたものといい得るから,本件発明1,2については原告が優先権主張の
効果を享受できなくなるいわれはなく,特許法29条の規定の適用につき,最先の
優先日(平成13年11月13日,第1基礎出願の出願日)を基準として差し支え
ない。


この判決を受けて、審査基準は変わる可能性が高いと思います。きっと、このような判決を誰よりも心待ちにしていたのは特許庁だと思います。人工乳首事件判決は、優先権の趣旨からあまりにもかけ離れていますから。

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