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誤訳が原因で特許が無効になった事件

2011.04.21

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平成 13年 (行ケ) 182号 審決取消請求事件
上記のとおり,本件明細書の特許請求の範囲の「異性化麦芽糖」との記載と,発明の詳細な説明の記載とは,相矛盾するものであるから,本件明細書の特許請求の範囲の記載は,旧特許法36条3項及び4項1号あるいは同条4項2号に反するものであるといわざるを得ない。すなわち,本件明細書の発明の詳細な説明には,増量剤としてパラチニット(パラチノースを還元したもの)についての記載しかなく,本件明細書の特許請求の範囲に記載された「異性化麦芽糖からなる増量剤」についての記載はないのであるから,同36条3項の要件に合致しないことになる。また,「異性化麦芽糖からなる増量剤」との構成をその必須の要件とする本件発明は,発明の詳細な説明にその構成についての記載がないことに帰するものであるから,同36条4項1号の「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」との要件も満たさないものであることは明らかである。
また,仮に,増量剤としてパラチニット(パラチノースを還元したもの)をその構成とするものを特許発明とするのであれば,「異性化麦芽糖」ではなく,「パラチニット」あるいは「α-D-グルコピラノシル-1,6-マンニトールおよびα-D-グルコピラノシル-1,6-ソルビトールのラセミ混合物」等を特許請求の範囲に記載しなければならないのであるから,その場合は,本件明細書の特許請求の範囲の記載は,同条4項2号の「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項・・・に区分してあること」との要件を欠くことになるのである。
以上からすれば,本件明細書は,旧特許法36条3項及び4項1号に反するか,あるいは,同条4項2号のいずれかに反するものであり,審決の前記判断は,誤りである。
3(1) 被告は,本件発明における「増量剤」である「異性化麦芽糖」は,パラチニット(PALATINITT)であり,α-D-グルコピラノシル-1,6-マンニトール及びα-D-グルコピラノシル-1,6-ソルビトールのラセミ混合物であることは,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から明らかである,と主張する。しかし,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたパラチニットを本件明細書の特許請求の範囲に記載された「異性化麦芽糖」と呼ぶことができないことは上記のとおりであり,本件発明の「異性化麦芽糖」はパラチニットである,との被告の上記主張は採用し得ない。
被告は,本件明細書において「異性化麦芽糖」との用語を用いるに至った経緯は,本件米国出願の明細書における「isomalt」を「異性化麦芽糖」との日本語に訳したことによるものであり,このイソマルトとパラチニット(パラチノースを還元して得られるもの)とは同じものである,と主張する。しかし,本件米国出願の明細書は,本件出願について,パリ条約による優先権を主張するための基礎となる書類ではあっても(特許法43条参照),本件発明の内容は,あくまでも本件出願の願書に添付した明細書に基づいて定められるものであり(旧特許法36条参照),本件明細書に記載された用語の意義を解釈するに当たり,本件米国出願の明細書の用語をどのように翻訳したかなどということを考慮することができないことは明らかである(この点は,平成6年法律第116号による改正により認められた外国語書面による出願(特許法36条の2)とは全く異なるところである。)。したがって,本件明細書が,旧特許法36条に違反するかどうかを判断するに当たり,本件米国出願の明細書の内容に立ち入って判断する必要がないことは明らかであるから,被告の上記主張は,その前提において,採用し得ないものである。

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