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「刊行物」に該当するかどうかを考える上で知っておくべき判決(改良重合方法事件)

2010.08.19

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早期審査を受けると、公開公報の発行前に特許になることがあります。
特許査定を受けて、特許料を納付すると、2週間ほどで設定登録がされ、その後、3ヶ月程度で特許公報が発行されます。特許公報が発行されれば、発明内容が公知になるのは明らかですが、設定登録の時点で公知になるのかどうかは、改良発明の出願を検討する上で極めて重要な問題です。
この問題を考える上で知っておくべき判決は、改良重合方法事件(東京高等裁判所 昭和 50年 (行ケ) 97号 )です。
この判決では、設定登録がなされて誰でも見ることが可能な状態になっているが公報自体は発行されていないという状態で、閲覧に供されている特許明細書の原本が「刊行物」に該当するかどうかが問題になりました。
裁判所は、特許明細書原本には頒布性がないこと、などを理由に「刊行物」に該当しないと判断しました。
この判決によれば、設定登録の時点では公知にならず、特許公報の発行時に公知になることになります。但し、設定登録後は、一応何人も閲覧請求ができる状態になりますので、もしも第三者が閲覧請求をして発明内容を知得すると、その発明内容が29条1項1号の公知になってしまうので注意が必要です。もっとも特許番号も出願番号も知られていない場合には、閲覧請求が事実上不可能なので、あまり心配する必要はないかも知れません。
証拠関係(省略)
理 由一 請求原因一ないし三の各事実、すなわち、本願発明について優先権を主張してされた特許出願から本件審決に至るまでの特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決の理由の要点については、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、原告が請求原因四において主張する本件審決の取消事由の存否につき判断する。
本件における唯一の争点は、本件審決が、ベルギー特許第六二〇一〇七号明細書の原本を、公開日に外国において頒布された刊行物であるとし、特許法第29条第1項第3号を適用したことの当否にあるが、当裁判所は、ベルギー特許明細書(原本)が公開され、公衆の閲覧に供されたからといつて、直ちにそれが特許法第29条第1項第3号の規定にいう外国において頒布された「刊行物」に該当するものではなく、本件審決は特許法の解釈、適用を誤つた違法があると判断するものである。その理由は次のとおりである。
(一)特許法第29条第1項の規定は、特許の要件を定めるにあたり、特許を受けることができない発明を列挙し、それが、発明すなわち一定の技術的思想であり、
かつ、同項第一号ないし第三号の三つの形式、すなわち、「公然知られた」、「公然実施された」、「頒布された刊行物に記載された」のいずれかの形象性を備えたものであるべきこととした。
したがつて、同項第三号に定める「刊行物」は、同項第一号及び第二号に定められたものとは区別され、一定の技術的思想を表現する形式としての、不特定又は多数の人に対する(公開性)頒布を目的とし(頒布性)、印刷、写真又は複写その他これに類似する手段により、原型、原本(オリジナル)から複製された文書、図面、写真等であると解するのが相当である。
ここにいう公開性は、秘密性からの脱却を意味し、複製されたものを広く配り渡す意を内容とする頒布性とは異なる。公開性と頒布性とが異なることは、たとえば訴訟記録その他の事件記録が、広く閲覧に供され、また謄写が認められ、公開性を有するものでありながら、頒布を目的としたものではなく、頒布性を有しないことに徴しても明らかである。また、頒布性は、頒布の対象物が本来有する頒布を目的とするとの属性自体を意味し、したがつて、それが現実に「頒布された」こととは異なる。
なお、刊行物は、その内容たる技術的思想が定稿その他の一定の外形に客観化された後(原型、原本ないしオリジナルの成立)これにもとづいて、又はこれとともに、頒布の目的をもつて複製されるにいたつたものを指称すると解すべきである。
そして、その原型、原本ないしオリジナルは、ときに、複数存し、また、多様であろうが、本来、不特定又は多数の人に対する頒布を目的とするとの属性を有しない(もつとも、それらが、上述のようにして複製されたものと、外形内容ともに同一であり、頒布についても後者とことさらに差異が意識されず、したがつて、両者を特に区別する意味のないような特別の場合には、両者を同等視して差支えないこともあろう。)。
原告は、ある文書等が刊行物といえるためには、それが多数複製され不特定多数人に配布されうる状態に作成されていなければならない旨主張するが、需要に応じその都度複写されて交付される一通の複写物であつても、頒布性の目的を有するかぎり、刊行物に該当する場合があり、必ずしも多数が複製されていなければならないとする理由はない。一方、被告は、一通の文書等であつても、それが内容の公開を目的として作成されたもので、その写しが容易に作成交付できるものは「刊行物」に該当し、需要があれば、直ちにその写しを作成交付できる状態をもつて「頒布された」というべきである旨主張するが、内容の公開を目的として作成された文書等であつても、それ自体が不特定又は多数の人に対する頒布を予定されていない性質のものを刊行物ということができないことは、上述したところから明らかである。
(二)成立に争いのない甲第六号証の四、乙第八号証の三、第九号証の六、第一○号証の二及び弁論の全趣旨によれば、ベルギー国においては、特許出願に対し無審査主義を採つているため、一般に、ベルギー特許庁に毎月月の初日からその一五日までにされた出願については当該月の後半に、毎月の後半月の末日までにされた出願についてはその翌月の前半に特許が付与され、付与日から三か月以後に、公開日を記載した特許出願明細書が公衆の閲覧に供され(但し、請求によつて、特許の付与及び公開を出願後六か月まで遅らせることができる。)、このようにして公開された書類については何人もその複写物ないしマイクロフイルムを請求することができるものとされており、ベルギー特許庁は、公開された特許明細書を複写して請求者に送付しているが、事務の遅れのため、請求者に現実に送付されるのが公開日より数か月ないし一年近く遅れる場合もあることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右の認定事実に徴すると、ベルギー特許明細書は、出願後約三か月ないし六か月の間に公衆の閲覧に供され、公開日以後は何人もその写しを入手することができるが、右明細書自体(原本)は、ベルギー特許庁に終始備え置かれ、他に頒布されるものではないことが明らかである。そうとすれば、一般に、公開ベルギー特許明細書は、その写しが他に頒布されることはあつても、原本そのものは頒布される性質のものではないから、特許法第29条第1項第3号の規定にいう外国において頒布された「刊行物」に該当するものではないといわざるをえない。そして、本件において、ベルギー特許第六二〇一〇七号明細書の原本について他に右と異なる事実を認めるに足りる証拠もないから、これをもつて、公開日に外国において頒布された「刊行物」であるということはできない。
(三)被告が、公開ベルギー特許明細書を「頒布された刊行物」と解すべきであると主張する根拠は、要するに、ベルギー特許明細書は世界で最も早く公開される重要な技術情報であり、その写しもきわめて容易に入手でき、それに記載されている技術内容は公開後直ちに世界の共有財産となるものであるから、これと同一の特許権を付与すべきでないことは、特許法第29条の立法趣旨に照し明白であるという点にある。しかしながら、本来、すでに世に知られた技術的思想に対しては特許権を付与すべきものではないとしても、特許法は、先行の技術的思想が存在し、これが、同法第29条第1項各号に定める形式を備え客観化されたときに、本件についていえば「刊行物」の形式をとつたときに、はじめて、それが特許の要件判断の基準とされうるものと規定しているのであつて、単純に、一定の技術的思想が存したことを、いかなるかたちであれ肯認しうれば足りるとしているものではないから、
被告の主張は、採用する限りではない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

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