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出願当初明細書に従来技術との差異が示されていることがサポート要件として要求されているとした大合議判決(偏光フィルム事件)

2010.07.23

伊藤 寛之

実施例の後出しが認められた判決(日焼け止め剤組成物事件)に関連する偏光フィルム事件(平成 17年 (行ケ) 10042号 特許取消決定取消請求事件 )は、色々な観点で重要な判決です。
この判決は、パラメータ発明についてのサポート要件について詳細な判示をしたものとして有名ですが、その判示内容は、パラメータ発明以外にも拡張適用されると考えられます。具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか、十分な具体例を開示することを要求しています。通常化学分野の発明では、発明の構成をみてもその構成によってどのような効果が奏されるのかは不明です。従って、化学分野では具体例は必須であると考えられています。一方、機械や電気分野では実際に作らなくても、設計通りに動作することは明らかであるので、実際に作ってみる必要はないと考えられています。
実施例の後出しが認められた判決(日焼け止め剤組成物事件)は、このような機械分野の発明と、化学分野の発明との本質的相違をよく理解しないで書かれたものではないかと思ってしまいます。


1 取消事由1(特許法旧36条5項1号違反の判断の誤り)について( ) 特許法旧36条5項は,「第三項四号の特許請求の範囲の記載は,次の 1各号に適合するものでなければならない。」と規定し,その1号において,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している(なお,平成6年改正法により,同号は,同一文言のまま特許法36条6項1号として規定され,現在に至っている。以下「明細書のサポート要件」ともいう。)。
特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。特許法旧36条5項1号の規定する明細書のサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。
そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許出願人(特許拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟の原告)又は特許権者(平成15年法律第47号附則2条9項に基づく特許取消決定取消訴訟又は特許無効審判請求を認容した審決の取消訴訟の原告,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟の被告)が証明責任を負うと解するのが相当である。
( ) 発明の詳細な説明に記載された発明と特許請求の範囲に記載された発明 4との対比ア 特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に, 当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきことは,上記( )で1説示したとおりである。そして,上記()から明らかなとおり,本件発明 2は,特性値を表す二つの技術的な変数(パラメータ)を用いた一定の数式により示される範囲をもって特定した物を構成要件とするものであり,いわゆるパラメータ発明に関するものであるところ,このような発明において,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するためには,発明の詳細な説明は,その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該数式が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である。

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