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釈然としない最高裁判決(プロダクト・バイ・プロセスクレームの解釈)

2015.06.08

伊藤 寛之

以下の記事にありますように、プロダクトバイプロセスクレーム(製法的記載のクレーム)の最高裁判決がでました。
プロダクト・バイ・プロセスクレームの憂鬱 最高裁判決解説
今回の最高裁判決の要旨は、以下の通りです。
・プロダクトバイプロセスクレームは、製法で限定されず、製法が異なる同一物にまで権利範囲が及ぶ
・明確性要件を充足するのは、出願時において物を構造又は特性で直接特定することが不可能であるか,又は実際的でない場合のみ

この判示内容にはあまり釈然としません。
明確性要件は、権利範囲の外延がよく分からないと、先行技術やイ号物件との対比が困難になるので設けられているものです。出願時において物を構造又は特性で直接特定することができるかどうかは、本質的に、明確性要件とは関係がないはずですので、直接特定可能であるかどうかで明確性要件の充足の有無を判断するのは違和感がありますし、法律上の根拠が希薄である気がします。
プロダクト・バイ・プロセスクレームはあまり推奨されるクレーム形式ではないとしつつも、このようなクレーム形式を認めざるを得ない事案も存在しているという事情から熟慮した結果の結論だと思いますが、法律の解釈としてはあまりすっきりとした判示であるとはいえないように思います。
プロダクト・バイ・プロセスクレームは、製法限定がない物のクレームであるという判示には賛成です。プロダクト・バイ・プロセスクレームを作成する際には、通常は、同じ限定内容の製法クレームを作成しますが、プロダクト・バイ・プロセスクレームを製法限定で解釈してしまうと、権利範囲は製造方法クレームと同じになってしまうので、プロダクト・バイ・プロセスクレームの存在意義がなくなってしまうからです。
プロダクト・バイ・プロセスクレームの明確性要件については、シンプルに、先行技術やイ号物件との対比が可能であるかを基準に判断すべきであるように思います。そのような判断方法が明確性要件の本来の趣旨に適ったものであり、プロダクト・バイ・プロセスクレームのみついて、「出願時において物を構造又は特性で直接特定することができない」ことを明確性要件を充足させるために追加的に要求させることは不自然であるからです。
実務上、「物を構造又は特性で直接特定することができる」かどうかが微妙である案件は多数あります。例えば、「ある特定の熱処理を施して得られる合金」の場合、熱処理後の構造又は特性によって合金を特定することは不可能ではないでしょうが、容易ではありません。そのため、(1)構造又は特性によって特定した合金の請求項と、(2)製法によって特定した合金の請求項を作成することがあります。従来の実務では、両方の権利化が可能でしたが、これからは、一方しか権利化ができないことになります。(1)が権利化できるとすれば、最高裁判決によると(2)の製法的記載は認められないからです。審査官は、(1)の権利化を認めつつ、最高裁判例に基いて(2)は明確性違反であるとして拒絶するでしょう。
そして、無効審判や裁判では、再度、(1)の明確性が争われます。そして、無効審判や裁判において、(1)の記載では発明が十分に特定されていないと判断される可能性は低くはありません。そうすると、無効審判や裁判の段階において、物を構造又は特性で直接特定することが困難であったことが判明することになります。この段階で、(2)について権利化を行いたくてももはや手遅れです。
つまり、物を構造又は特性で直接特定することが困難であるかどうかは、審査段階では確定せずに、無効審判や裁判が確定するまでは分からないことになります。そして、無効審判や裁判が確定した時点で、製法的記載が認められることが判明しても、もはや製法的記載のクレームを作成することはできません。
従って、「物を構造又は特性で直接特定すること」についての審査官及び審判官・裁判官の判断によって、以下の場合分けができます。
審査官→OK、審判官・裁判官→OKの場合
 物を構造又は特性で直接特定したクレームがOK
審査官→OK、審判官・裁判官→NGの場合
審査官はプロダクト・バイ・プロセスクレームを拒絶、審判官・裁判官は、物を構造又は特性で直接特定したクレームを無効。従って、物のクレームは全て死亡。
審査官→NG、審判官・裁判官→OKの場合
審査官は物を構造又は特性で直接特定したクレームを拒絶、審判官・裁判官は、プロダクト・バイ・プロセスクレームを無効。
従って、物のクレームは全て死亡。
審査官→NG、審判官・裁判官→NGの場合
プロダクト・バイ・プロセスクレームがOK
上記のように、審査官及び審判官・裁判官の判断が一致すれば、適正な権利化が可能になります。一方、審査官と審判官・裁判官の判断がずれてしまうと、物クレームは全て死亡していまいます。
このように、最高裁の判断は、「出願時において物を構造又は特性で直接特定することができない」ことを明確性要件に含めてしまったために、審査官と審判官・裁判官の判断のずれによって出願人に深刻な損失を与える可能性があります。
無効審判や侵害訴訟でプロダクト・バイ・プロセスクレームの無効を争う場合、被疑侵害者は、出願時の技術水準によれば物を構造又は特性で直接特定することができることの立証を試みることになります。そして、この立証に成功すれば、プロダクト・バイ・プロセスクレームが明確性違反によって無効になることになります。 なんか釈然としません。
多くの場合は、非常に多くの時間と手間をかけると「物を構造又は特性で直接特定することができる」かも知れません。例えば通常の実験設備では構造の特定が不可能であっても、Spring-8などの強力な分析施設を使えば「物を構造又は特性で直接特定することができる」場合があります。このような施設の利用には、膨大な手間とコストがかかります。出願段階では、全ての案件に膨大な手間とコストを掛けるのは容易ではないでしょう。従って、「物を構造又は特性で直接特定することが実際的である」範囲が比較的狭くなります。一方、被疑侵害者は特許を無効にするために、かなりの費用をかけることができます。「物を構造又は特性で直接特定することが実際的である」範囲が出願時よりも広くなります。そうすると、出願時には「物を構造又は特性で直接特定することが実際的でない」と判断して、プロダクト・バイ・プロセスクレームを作成し、権利を取得したが、被疑侵害者が「物を構造又は特性で直接特定することが実際的である」ことを立証してプロダクト・バイ・プロセスクレームを無効にすることができるような事案も存在するように思えます。