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【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】じっくり®ヒストリー スクリューを発明した ヨーゼフ・レッセル(ボヘミアの森林監視人をしながらスクリューを発明して特許を取った発明家)

IP HACK

2025.03.28

AKI

私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらはすべて先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。スクリューは、水中で回転することで流れを作り出し、推進力を得るための機構です。航空分野ではプロペラとも呼ばれ、回転が生み出す力を利用してエネルギーを発生させる装置として発明されました。水車や流速計など、さまざまな機械にスクリューが用いられています。スクリューを発明したのは、ボヘミアの森林監視人ヨーゼフ・レッセルです。彼はスロベニアに滞在中、初めてスクリューの実験を行いました。今回はそんなヨーゼフ・レッセルの生涯を振り返っていきましょう。

ヨーゼフ・レッセルの前半生(ボヘミアの森林監視人をしながらスクリューを発明して特許を取る)

ヨーゼフ・レッセルは1793年、オーストリアの支配下にあったボヘミアで生まれました。父はドイツ語を、母はチェコ語を話し、レッセル自身も複数の言語を操るようになっていきました。彼は学生時代をリンツやウィーンで過ごし、卒業後はオーストリア政府の森林技術者としてモトヴン(現在のクロアチア)で仕事をして暮らしました。数年間の勤務の後、彼はコスタニェヴィツァに移住し、ここで初のスクリュー実験を行いました。

1821年、レッセルは現在のイタリアであるトリエステに転勤し、再びスクリューの試験を行いました。トリエステにはオーストリア帝国の中で最大の港があり、スクリューの実験をするには最適な環境でした。この実験は無事に成功し、レッセルはスクリューを実用化するために活動していきました。1927年、レッセルはついにスクリューを完成させ、特許を取得しました。最初に発明されたスクリューは、円錐状の中心軸に複数枚の羽根を装着し、回転することで船に推進力を生み出す仕組みでした。オーストリア海軍は実験に積極的に協力し、それまでに採用されていた方法よりも蒸気船のスピードを上げられたのがスクリューの大きな功績です。1829年、蒸気船にスクリューを搭載し、海上を移動する試験を行ったところ、6ノットの速度を記録しました。しかしその直後、蒸気の道管が爆発し、危険性から警察によって以降の実験を禁じられてしまいます。

ヨーゼフ・レッセルの後半生(他にも多くの発明家がスクリューの研究開発を行う)

レッセルが発明したスクリューは、実用化されるまでに時間がかかりました。1835年、フランシス・ペティ・スミスが新たなスクリューの製造法を発見し、実用化のための準備を進めました。スミスのスクリューは木でできており、耐久性には不安がありました。試験中にスクリューは半壊してしまうものの、偶然にも残った形状が波を作るのに最適な形となり、船の速度が上がったという話が伝わっています。同時期、フレデリック・ソヴァージュとジョン・エリクソンら開発者がスクリューの特許を出願していたため、実際に発明した人物が誰なのかは明らかとなっていません。エリクソンはモニターというスクリュー推進の装甲艦を設計し、この艦は南北戦争中の1862年にアメリカ連合国海軍のヴァージニアと交戦したことで知られています。

アメリカ合衆国では1804年、ジョン・フィッチがスクリューを発明したとされていますが、動作可能な実物の製作には失敗しています。1836年には、イギリスのフランシス・ペティ・スミスがレッセルのものとよく似たスクリューの実験を行いました。スクリュー推進船が初めて大西洋を横断したのは1839年のことで、スウェーデンの技術者ジョン・エリクソンがレッセルのスクリューを改良したものを用いました。スクリューのデザインが現在の形に落ち着いたのは1880年代になってからでした。

レッセルの他の発明としては、空気圧式のポストとボール、シリンダーベアリングなどがあります。1857年、レッセルはリュブリャナでその生涯を終えました。

今回はスクリューの実験を初めて行ったヨーゼフ・レッセルの生涯を振り返りました。森林技術者でありながら、発明にも造詣が深ったレッセルは環境も味方し、港でスクリューの実験を行って技術を完成させました。彼の発明したスクリューはすぐには実用化できませんでしたが、何人もの技術者が彼のアイデアを実現しようと取り組みました。スクリューができたことは、船の移動速度が上がったことや水車の効率上昇など、科学が大きく成長するきっかけとなりました。私たちの生活を支えるどんな技術にも、それぞれに歴史があって面白いですね。

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