【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】じっくり®ヒストリー 手回し計算機の発明家 大本寅治郎(現在は物流業界を支えるメーカー・IT企業となった「株式会社タイガー」の創業者)
2025.11.21

AKI
私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらはすべて先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。タイガー計算機は、1923年に登場した機械式計算機です。当時、手回し計算機は世界中で大きく注目されており、日本でも開発が進められていました。「タイガー計算機」という商標は固有の商品を表すものだけでなく、日本における計算機の代名詞となるほどの影響力を及ぼしました。タイガー計算機を発明したのが、広島で生まれ、大阪で事業を立ち上げて大成功を収めた大本寅治郎です。タイガー計算機を販売するために設立されたタイガー計算機株式会社は、現在は「株式会社タイガー」となって活動を続けています。今回はそんな大本寅治郎の生涯を振り返っていきましょう。
大本寅治郎の前半生(大阪で鉄工所を経営しながら夜間学校で機械工学を学ぶ)
大本寅治郎は1887年、広島県の新安郡で生まれました。岡山紡績株式会社鉄工部の見習いとして技術を学び、岡山や神戸、大阪の紡績会社や鉄工会社を転々として過ごしていました。
1905年、現在の大阪市北区にあたる場所で共同経営の鉄工所を立ち上げました。7年間の活動の末に共同経営を終了し、大本は個人経営の大本鉄工業の経営を開始しました。本社工場の経営は順調に続き、増設や統合を繰り返して事業を拡大していきました。
大本は会社を経営しながら、夜間学校に通って勉強もしていました。岡山市大工町高畑梅塾夜間部で山田千倉から機械学を教わり、自らの成長の糧としたのです。その後は大阪私立関西商工学校夜間部機械科に通い、卒業しました。
この頃、日本では機械式計算機の発明が研究されていました。中世ヨーロッパで生まれた計算機は、200年近くの年月を経て進化し、19世紀に大量生産の時代を迎えました。計算機を作製する技術は全世界に広がり、日本にも到来しました。1874年にスウェーデン人の技術者ヴィルゴット・オドネルが発明した計算機は世界の基準となり、日本でもこれを模したものが大量に作られました。
明治初頭、矢頭良一が「自働算盤」という機械を発明しました。オドネルの技術が使われていた時代の中、彼は独自の機構を考え実現しました。
大本寅治郎の後半生(手回し計算機「タイガー計算機」を発明して大ヒットする)
そんな時代の中、大本もついに計算機の生産に乗り出しました。彼が計算機の発明に乗り出したのは、鉄工業の事業が好調で、大量の注文が入ったことで見積もり計算を効率化する必要があったという背景があります。4年5ヶ月という歳月を計算機開発に費やし、多額の資金も投入した結果、ついに大本の機械式計算機は完成しました。
発売当初は自身の名をとって「虎印計算機」と名付けていましたが、国内市場では国産の計算機自体への信頼が低かったため、売上は伸び悩みました。こうした状況を打開するため、1923年に「タイガー計算機」と改名して再び販売すると、こちらが大ヒットします。英語を交えることによって海外から輸入された品物のような印象を消費者に与えることができ、9桁の数を扱えること、計算結果を18桁まで表示できることなど製品自体の品質も高かったことで大きな人気を獲得しました。以降、「タイガー計算機」はこの商品を示す商標だけでなく、国内の手回し計算機を指す言葉として広く普及していきました。
1930年、大本は「タイガー計算機株式会社」を設立し、本社を大阪市に構えました。また同年、タイガー計算機は商工省から「優良国産品」に指定され、その知名度と信頼性を確実なものとしました。1937年に国内外で特許を取得し、2年後の万国博覧会で出展するとアメリカの計算機業界からは高い評価を受けました。
戦後、タイガー計算機は 国内市場をほぼ独占し、業界一人勝ちの状態を保ち続けました。大本は1940年に緑綬褒章、1950年に藍綬褒章を受章します。大本はタイガー計算機の他、計数器や廻転計算器における廻転表示の桁送り装置、廻転計算器における廻転表示輪の廻転装置などの特許を取得しました。
創業当初に作成されたタイガー計算機は、国立科学博物館に保存されています。1961年、大本はその生涯を終えました。
今回はタイガー株式会社の創始者である大本寅治郎の生涯を振り返りました。計算機はさまざまな業界で必要不可欠なアイテムであり、その改良は非常に大きな功績です。タイガー計算機は非常に高い技術をもって製造されており、国立科学博物館に展示されている現物の計算機からは当時の文化を推し量ることができます。彼が立ち上げたタイガー計算機株式会社は、現在は「タイガー株式会社」として、物流業界を支える重要なメーカー・IT企業となっています。時代のニーズに合わせて人々の役に立つ発明をし続けていくのは、本当に素晴らしいことですね。


