ブログ

29条の2の発明の「同一」を理解する上で重要な判例(記録紙事件)

2010.08.06

伊藤 寛之

29条の2は、本願発明が、先願発明と同一である場合に、特許性が否定されるというものです。拡大先願とか、準公知とか言われています。英語では、secret prior artと言われています。
条文は、以下の通りで、括弧がいっぱいあって読みにくいので色分けしました。
第29条の2 特許出願に係る発明が当該特許出願の日前の他の特許出願又は実用新案登録出願であつて当該特許出願後に第66条第3項の規定により同項各号に掲げる事項を掲載した特許公報(以下「特許掲載公報」という。)の発行若しくは出願公開又は実用新案法(昭和34年法律第123号)第14条第3項の規定により同項各号に掲げる事項を掲載した実用新案公報(以下「実用新案掲載公報」という。)の発行がされたものの願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲若しくは実用新案登録請求の範囲又は図面(第36条の2第2項の外国語書面出願にあつては、同条第1項の外国語書面)に記載された発明又は考案その発明又は考案をした者が当該特許出願に係る発明の発明者と同一の者である場合におけるその発明又は考案を除く。同一であるときは、その発明については、前条第1項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。ただし、当該特許出願の時にその出願人と当該他の特許出願又は実用新案登録出願の出願人とか同一の者であるときは、この限りでない。
この条文によると、先願発明と「同一」である場合に特許性が否定されますが、「同一」の解釈は容易ではありません。「同一」という言葉の響きからは、新規性の基準と同じように感じますが、実務上は、29条2の同一による拒絶の範囲の方が、新規性拒絶の範囲よりもはるかに広いです。つまり、新規性拒絶は、完全に同じものに適用されるのに対し、29条の2の同一による拒絶は、ちょっとくらい違っていても適用されます。この違いの理由は、新規性拒絶の場合は、進歩性拒絶が後ろに控えているので、新規性拒絶を適用する範囲を広げる必要がないのに対し、29条の2の同一による拒絶はバックアップが何もないからだと思います。
審査基準では、刊行物に記載された発明の認定について以下のように記載されています。刊行物に書いてあるものそのものよりもちょこっと広い範囲で新規性拒絶が適用されます。
① 「刊行物に記載された発明」は、「刊行物に記載されている事項」から認定する。記載事項の解釈にあたっては、技術常識を参酌することができ、本願出願時における技術常識を参酌することにより当業者が当該刊行物に記載されている事項から導き出せる事項(「刊行物に記載されているに等しい事項」という。)も、刊行物に記載された発明の認定の基礎とすることができる。すなわち、「刊行物に記載された発明」とは、刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握できる発明をいう。
これに対して、29条の2の同一について、審査基準には、以下のように記載されています。新規性拒絶の範囲よりもだいぶ広いことが分かります。
3.2 他の出願の当初明細書等に記載された発明又は考案の認定
(1)「他の出願の当初明細書等に記載された発明又は考案」とは、「他の出願の当初明細書等に記載されている事項(注1)」及び「他の出願の当初明細書等に記載されているに等しい事項」(他の出願の出願時における技術常識を参酌することにより当業者が他の出願の当初明細書等に記載されている事項から導き出せる事項)から当業者が把握できる発明又は考案をいう。
3.4 請求項に係る発明が引用発明と同一か否かの判断
(1) 対比した結果、請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明特定事項とに相違点がない場合は、請求項に係る発明と引用発明とは同一である。
請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明特定事項とに相違がある場合であっても、それが課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)である場合(実質同一)は同一とする。

 さて、本題ですが、審査基準には、数値限定発明の場合の同一の基準についての記載がありませんので、その判断は、判例に頼らざるを得ません。記録紙事件(平成 16年 (行ケ) 83号 審決取消請求事件)では、数値限定発明が「同一」かどうかは、その数値限定に臨界的意義があるかどうかで判断すると判示しました。
ちょっとあんまりだなぁーと思います。進歩性の基準そのものですね。「同一」という文言の解釈としては行き過ぎていると思います。
このような判決を見ていると、29の2は、新規性に近いというよりも、むしろ進歩性に近いと考えた方がいいのかも知れません。29の2では、複数の文献の組み合わせができないという点で、進歩性とは異なりますが。。。


(2) 本件隠蔽層の重量比及び膜厚についての認定判断の誤りについて審決の上記(1)カの説示によれば,審決は,本件発明1は,「隠蔽層」について,①(A)と(B)の重量比が1から3の範囲であること,②1から20ミクロンの膜厚であることの2点,すなわち,①の重量比及び②の膜厚に係る各数値限定において,本件発明1は,先願発明との同一性が否定されると認定判断したものであると理解される。ところで,数値限定発明の同一性の判断に当たっては,数値限定の技術的意義を考慮し,数値限定に臨界的意義が存することにより当該発明が先行発明に比して格別の優れた作用効果を奏するものであるときは,同一性が否定されるから,上記数値限定によって先願発明との同一性が否定されると判断するには,その前提として,本件発明1の数値範囲が臨界的意義を有するものであるか否かを検討する必要があるというべきである。しかしながら,審決は,本件発明1の上記①,②の数値範囲の臨界的意義を何ら検討していないことが,その説示から明らかである。


以下の判例でも同じ趣旨のことが述べられています。
銅ピリチオン含有非ゲル化ペイント事件(平成 13年 (行ケ) 413号 東京高裁)
数値限定発明において,後願発明の数値範囲が先願発明の数値範囲に包含される場合,後願発明の新規性の判断に当たっては,数値限定の技術的意義を考慮し,数値限定に臨界的意義が存在することにより,当該発明が先行発明に比して格別の優れた作用効果を奏するものであるときに限って,新規性が肯定されるところ,後記2の(2)において説示するとおり,本件発明1の数値限定に臨界的意義が存在するものということはできないから,原告の上記主張は,採用することができない。

アーカイブ