実施例の後出しが認められた判決(日焼け止め剤組成物事件)
2010.07.22
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すごい判決が7月15日に出ました。
平成21年(行ケ)第10238号審決取消請求事件。判決文はここ。 裁判長は飯村判事。
本願明細書(特表2002-521417)は、ここ。
日焼け止め剤組成物の発明ですので、明細書には必ず実施例と比較例を提示して、実施例が比較例に比べて効果があることを実験データで示しておくことが必須だと言われてきました。実験データが十分にない場合は、後から実験成績証明書を提出して、顕著な効果を主張することは認められません。
この判決がすごいのは、実施例が記載されていますが、その実施例は単に組成物の製造例を記載しているだけで、発明の効果を何も示していないことです。明細書には、その組成物が素晴らしい効果を有することが記載されています。しかし、このような実験で裏付けられていない発明の効果の主張は相手にされないというのが化学分野の常識でした。
この判決の判事に従えば、単純に発明の構成を適当に考えて、その構成が素晴らしい効果を有するってことを適当に言っておいて、後から実験成績証明書を提出して、効果が素晴らしいこと示せば、進歩性が認められることになります。
あまりにもこれまでの実務から離れた判決ですので、上告されるか、又は無視されて今後は追従されない可能性が高いと思いますが、これ一本でも衝撃的な判決です。
特許庁がどのように反応するのかを見極めてから、この判決をどのように消化するかを考えようと思いますが、極論を言えば、実施例がなくてもとりあえず出願しちゃえばー、ってことにもなりかねず、化学分野の特許実務が大混乱に陥る可能性のある判決だと思います。
これまでの実験成績証明書についての特許実務は、エテンザミド事件(平成 17年 (行ケ) 10389号 審決取消請求事件 )での判事の通り、効果の差異が実験で示されている場合に限って、実験成績証明書で有利な効果の主張ができるとなっていました。解説
また、サポート要件についてですが、偏光フィルム事件の大合議判決は、実験成績証明書を提出して、サポート要件を充足させることを認めていません。
感覚としては、この偏光フィルム事件くらいまで、裁判所は非常に特許要件を厳しくしようとしてきました。しかし、この1~2年は、特許庁無効審決を裁判所が覆す例が激増(10倍増くらい)しており、裁判所の傾向は明らかに変わってきています。全然特許が取れないという批判を受けてかどうか分かりませんが、出願人・権利者に非常に優しくなろうとする傾向があります。日焼け止め剤組成物事件の判決もこのような空気の中でうっかりだしちゃったのかも知れません。
この事件については、今後、どうなるのか考えてみましたが、あの明細書の内容で特許を与えることは特許庁のプライドが許さないでしょうから、なんとかして拒絶する動きになると思います。拒絶の方法としては、(1)実験成績証明書の内容を参酌しても進歩性は認められないと主張するか、(2)発明が明細書にサポートされていないから記載不備であると主張すると思います。後者の判断は、上記の偏光フィルム事件の大合議判決が特許庁に有利な内容ですので、特許庁は堂々と拒絶理由を構成できると思います。
この判決が実務として定着すると、全ての案件について実験成績証明書が提出され、それを認めるかどうかの判断も極めて難しくなるので、特許庁は、きっと上告する気がします。