【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】じっくり®ヒストリー ボールペンを発明した ビーロー・ラースローとマルセル・ビック(ビーロー・ラースローが発明したボールペンからフランスの商人マルセル・ビックが特許を買い取ってボールペンを大ヒット商品にした成功物語)
2025.08.18

AKI
私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらはすべて先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。ボールペンは、文字を書くのに欠かせない文房具のひとつです。ペン先に取り付けたボールからインクを滲ませる技術を実現するには、それぞれのパーツの性能を上げ、さらに高度な技術が必要でした。ボールペンを開発したのは、ハンガリーの発明家であるビーロー・ラースローです。ラースローはボールペンの特許を取得し、のちにフランスの筆記具メーカー「ビック」がその特許を買い取りました。ビックから発売されたボールペンは爆発的な人気を生み出し、世界的に普及しました。今回はそんなビーロー・ラースローとマルセル・ビックの生涯を振り返っていきましょう。
ビーロー・ラースローの前半生(ジャーナリストをしながら弟と一緒にボールペンを発明して特許を取る)
ビーロー・ラースローは1899年、オーストリア=ハンガリー帝国のブダペストで生まれました。
彼はジャーナリストとして働いていた時に、新聞の印刷に使っているインクが素早く乾き、にじまないことに気づきました。試しにそのインクを万年筆に使ってみると、インクの粘性が強すぎたためにペン先まで届かないことがわかりました。ラースローは化学者の弟ジョージと協力して、新聞のインクを使ったペンの発明に取り組みました。その結果、ソケット内に自由に回転するボールを仕込んだペン先を取り付けたペンが生み出されたのです。これがボールペンの発明です。カートリッジ内のインクがボールに付着し、ボールが回転することでそのインクが紙に転写されます。ビーローは1938年、パリでこの発明の特許を取得しました。
当時、文房具の主流は万年筆でした。万年筆もボールペンと同様、ペンの内部にインクが内蔵してあり、ペン先を紙につけるとインクがにじむ仕組みを持っています。しかし万年筆を使い続けるためにはインクを補充する必要があり、洗浄などの定期的なメンテナンスが必要でした。ラースローはより手軽に管理ができるペンを作りたいと考え、発明を行ったのです。
1943年、ラースローとジョージはアルゼンチンに移住して、会社を立ち上げました。発明したボールペンに「birome」と名前をつけて売り出しました。その後、とあるイギリス人がボールペンに目をつけて使用権を取得し、イギリス空軍向けのボールペン生産に乗り出しました。ボールペンは高度の高いところでは万年筆よりも書きやすかったのです。
ビーロー・ラースローとマルセル・ビックの出会い(フランスの商人マルセル・ビックがボールペンの特許を買い取ってビック社のボールペンが大ヒット商品となる)
1950年、ボールペンの特許はフランスの商人マルセル・ビックによって買い取られました。1945年に万年筆の製造工場を買い取り、筆記用具の製造・販売を行うビック社を立ち上げていたビックはラースローのボールペンに目をつけたのです。ビックはボールペンの大量生産に乗り出し、販売が開始されたボールペンは飛ぶように売れ始めました。ボールペンの人気はやがて国を超えてヨーロッパ全土へと広がっていき、ついには海を超えて普及するようになっていきます。
1970年、ビックは突如アメリカ合衆国の権威あるヨットレース「アメリカスカップ」への出場を表明しました。ヨットに関してはまったくの素人でしたが、懸命にレースに挑戦する姿が観衆の心を掴みました。1780年にビックが引退を表明すると、スポーツ雑誌の数々が彼の努力を称えました。アメリカ国民にビックの名前は素早く浸透していき、ビック社もアメリカに進出していきました。ヨーロッパ市場と同じように、アメリカ市場においても大きなシェアを獲得したのです。
1985年、ラースローはブエノスアイレスでこの世を去りました。アルゼンチンでは彼の功績を讃え、彼の誕生日である9月29日を「発明家の日」としています。
今回は、ボールペンを発明したビーロー・ラースロー、そしてボールペンの普及に貢献したマルセル・ビックの生涯を振り返りました。2人に直接的な関わりはなかったものの、どちらかの存在がかけていればボールペンが普及することはなかったのかもしれません。私たちの生活に欠かせないボールペンが誕生した経緯を知ると、普段より少し大事に使ってみようという気持ちにもなりますよね。


