【SKIPの知財教室(IP Hack ®)】じっくり®ヒストリー ロープウェイを発明した レオナルド・トーレス・ケベード(人間を安全に運ぶことができるロープウェイ建設に成功したスペインの科学者かつ数学者)
2025.07.18

AKI
私たちの身の回りには非常に多くの画期的なモノや手法であふれています。これらはすべて先人たちのアイデアによって実用化された数多くの発明のおかげです。ロープウェイは、山の中で人や物資を輸送する方法として知られています。険しい山岳部を安全に移動するために発明された乗り物で、その起源は紀元前250年の中国にまで遡ります。最初は物資を輸送する目的で利用されていたロープウェイですが、19世紀末ごろには人間の輸送が試みられました。ロープウェイを移動手段の乗り物として利用しようと考えたのが、スペインの科学者かつ数学者でもあったレオナルド・トーレス・ケベードです。彼はその生涯で多くの発明を行い、さまざまな特許を取得しました。今回はそんなレオナルド・トーレス・ケベードの生涯を振り返っていきましょう。
レオナルド・トーレス・ケベードの前半生(科学技術の研究に取り組み、機械式のアナログ計算機械を発明する)
レオナルド・トーレス・ケベードは1852年、スペイン・カンタブリア地方のモリェドにあるサンタクルス・デ・イグーニャの街で生まれました。父はビルバオで鉄道技師をしていたため、ケベードは幼少期から青年期までの期間をビルバオで過ごしました。高校では優秀な成績を収めて卒業し、2年間パリに留学しました。1870年に、父の転勤に伴いマドリードに移住すると、同年に道路技術者隊の学校に入学します。1873年、第三次カルリスタ戦争が勃発しビルバオがカルリスタに包囲されたため、ケベードはビルバオ防衛に志願兵として赴きました。その後再びマドリードの学校に戻り、1876年に卒業しました。
ケベードは最初、父親と同じ会社に就職しました。しかし彼の興味は、進歩しつつある科学技術の方に向いていきました。当時、電気に関する科学技術が目覚ましい発展を遂げていたため、ケベードは自分の目で最先端の技術を見に行くために就職したばかりの会社を離れてヨーロッパ中をめぐる旅に出ました。各国を回った数年間の旅の経験によって、ケベードには他の何にも替えがたい知見が培われていったのです。スペインに帰ったケベードはサンタンデールに住み、自己資金を費やして調査研究を始めました。
1893年、トーレスはマドリードの王立科学アカデミーで代数マシンについての論文を発表しました。2年後の1895年にはパリの科学アカデミーと科学推進協会のボルドー会議で機械のプロトタイプが披露され、1900年には再びパリの科学アカデミーでさらに一般化し理論化した論文の発表を行いました。これをもとに、ケベードは機械式のアナログ計算機械を複数製作しました。
レオナルド・トーレス・ケベードの後半生(ロープウェイの開発に取り組み成功する)
1887年、ケベードはロープウェイの実験を始めました。この時期、彼は地元のモリェドに住み、約40メートルの窪地をまたぐ最初のロープウェイを建設しました。それまでのロープウェイといえば、山の中で物資を輸送するための手段でしかありませんでした。人間の移動に活用するには安全性が確保できないのが課題でしたが、ケベードは人間の輸送が可能な手段を用いてのロープウェイについて、特許を申請しました。しかしこのロープウェイは実際には人の輸送には使われず、貨物の輸送を専門に使われていました。1890年、ケベードはスイスにロープウェイの建設を提案し、スイス側も興味を示しましたが、プロジェクトは採用に至りませんでした。
1907年、ケベードは6本のケーブルを使い、安全性を高めることで人間の輸送に適したロープウェイをサン・セバスティアンの ウリア山に建設しました。いくつものケーブルを組み合わせることで、そのうちの1本が万が一切れたとしても貨物が落ちないように設計したのです。ケーブルは直径19ミリの太さで、13人程度の乗客が乗っても耐えうる構造になっていました。プロジェクトの実行はビルバオの工業研究会が主導し、シャモニーやリオデジャネイロでもロープウェイの建設に成功しました。このロープウェイ建設はスペインの一大プロジェクトとなり、多くの資金が動きました。現在までこのロープウェイは観光客に利用され続けています。
アナログ計算機械とロープウェイの他にも、ケベードは多くの発明と研究を行い、特許も数多く取得しました。飛行船やラジオコントロール、チェスゲームなど彼の研究する範囲は幅広く、実に多様な業績を残しました。
1916年、当時のスペイン国王アルフォンソ13世から勲章を授与されました。1918年には開発大臣就任の打診を受けますが、彼はこれを辞退。1920年、スペイン王立アカデミーの一員となり、パリの科学アカデミーの力学部門の一員にも選ばれました。1922年、パリ大学から名誉博士号を授与され、彼の功績は大きく讃えられました。
1936年、ケベードはスペイン内戦真っ最中のマドリードで、84歳の誕生日を迎える10日前に亡くなりました。
今回は、スペインで数多くの特許を取得したレオナルド・トーレス・ケベードの生涯を振り返りました。ロープウェイの改良や飛行船、アナログ計算機械などさまざまな発明をした彼の功績は、人類史でも大きなものです。便利なアイテムが続々登場する世の中においても、課題を見つけて解決し、より良くしていく姿勢は素晴らしいですね。


