発明の特徴として、発明の要素に関する数値をクレーム(請求項)において指定することで、既存の発明から差別化を試みることがあります。そのようなクレーム(数値限定に特徴のあるクレーム)は、数値限定クレームと呼ばれることがあります。例えば、レンジでチンするご飯が入っているプラスチック製の容器で、底部に凸凹または溝のようなものを設けた容器がありますが、そのような凸凹の長さ、深さ、数などを指定することが数値限定クレームとして挙げられます。
細かい数値を指定すれば、既存の特許文献などに記載の発明から差別化することができます。しかし、既存の特許文献にある数値と異なったものを記載すれば、簡単に申請した発明が特許される訳ではありません。ここでは、特許され易くなるため、および特許された後での第三者による特許侵害に強くなるための数値限定クレームの書き方について、2点ほどコツをお伝えしたいと思います。
① 特許され易くなる数値限定クレームの書き方
ここでは、数値限定に特徴のあるクレームについて考えます。つまり、発明の特徴として、既存の特許文献などにある発明との主な違いが、数値限定のみにある場合を考えます。そのような場合において、日本特許庁の審査基準では、数値限定が以下の(i)~(iii)を満たす場合に、進歩性を有していると判断することになっています(「進歩性」とは、既存の発明を基にして容易に本発明に到達できるかを判断する尺度であり、多くの出願において、発明が特許されるための最も大事な観点です)。なお、以下の(i)~(iii)における「その効果」とは、既存の特許文献と比べた際の本発明の数値限定の効果のことです。
(i)その効果が限定された数値の範囲内において奏され、引用発明の示された証拠に開示されていない有利なものであること。
(ii)その効果が引用発明が有する効果とは異質なもの、又は同質であるが際だって優れたものであること(すなわち、有利な効果が顕著性を有していること。)。
(iii)その効果が出願時の技術水準から当業者が予測できたものでないこと。
上のレンチンご飯用プラスチック容器の例で言えば、
(i)は、容器底部の凹凸がご飯粒よりも若干小さいサイズで、かつ凹凸の深さが水蒸気は循環するけど水たまりができにくい深さであることにより、レンジでご飯がふっくら炊けるという効果があって、その効果は既存の特許文献には開示されていなければ、本願発明の効果が限定された数値の範囲内において奏され、引用発明の示された証拠に開示されていない有利なものであると言い得ます。
(ii)は、例えば既存の特許文献に開示のある類似の容器が、肉や魚の切り身といったご飯粒よりも大きい食品を意図したものであったとすると、本発明の数値限定による効果はご飯をレンジでふっくら炊くためのものであるので、引用発明が有する効果とは異質なもの、又は同質であるが際だって優れたものであると言い得ます。
(iii)は、本発明で指定されている、容器底部の凹凸のサイズ(例えば、直径)や深さの数値限定が、既存の特許文献において開示されていなければ、本願発明の効果が出願時の技術水準から当業者が予測できたものでないと言い得ます。
上記の(i)~(iii)を主張し易くするためには、明細書に数値限定の効果を記載しておくことが重要です。出願時において、可能な限り既知の類似発明から差別化できるような効果を書いておく、またはそのような効果を有する数値限定とすることが大切です。
② 特許侵害に強くなる数値限定クレームの書き方
数値限定クレームに特徴のある発明が無事に特許された後に、特許の侵害を受けた場合を考えます。例えば、クレームで保護されている範囲の発明が第三者によって許可なく製造・販売されている場合です。この場合、第三者による特許の侵害を立証する必要がありますが、数値限定クレームの内容によっては、立証が困難となり、製造・販売の差し止めや損害賠償請求が難しくなる可能性があります。具体的には、以下の点に注意する必要があります。
- 数値限定の計測方法の記載が明細書にあるかどうか
第三者による数値限定クレームの侵害を立証するためには、限定されている数値の計測が必要です。例えば、表面粗さに特徴のある金属製品の発明があったとして、本発明では表面粗さとして、平均粗さRzが0.5~50μmが数値限定されていて、第三者の類似の発明の表面粗さが本発明の数値限定の範囲に入っていると疑われる場合は、その発明の平均粗さRzを計測する必要があります。
しかし、例えば、本発明の明細書中に、平均粗さRzをどのような計測機器を使ってどのように計測するかについての記載が無いと、第三者の好きなやり方で計測して、それが平均粗さRz=0.5~50μmの範囲から外れていれば、権利侵害とはならないと判断される可能性が高いです
したがって、限定した数値の計測方法が複数あり得るという状況を未然に防ぐために、明細書に数値の計測方法を一義的に指定することが重要です。これには、例えば、JISやISOといった標準規格を明細書中で引用することが効果的です。ただし、JISなどで規定しても、その規格中に測定者が任意に決定できるパラメータがあることもあります(例:平均粗さRzの測定における「基準長さ」)。なので、JISなどの規格を引用するだけではなく、その規格を読み込んで任意のパラメータがあれば明細書中にその数値も規定しておいた方が安全です。
また、測定装置が異なれば有意な差が生まれるような物理量もあります(例:平均粒子径)。この場合、使用した装置が絶版になると測定不可(すなわち、第三者の権利侵害が立証不可)になるリスクがあります。対策として、特殊な装置以外でより普遍性のある測定方法によっても測定してその数値範囲を明細書中に記しておくことが挙げられます。
以上のように、特許された数値限定クレームを効果的に活用するためには、その計測方法を一義的に記しておくことが重要です。
ここまで、数値限定クレームに関する注意を、上記の二点に絞ってお伝えしました。いずれも、明細書を作成する際に組み込むことができるので、数値限定に特徴のある発明の特許申請を行う際には、注意して明細書に書いておくと良いと思います。
参考文献:山口健司 裁判例から読み解く、数値限定クレームに対して複数の測定方法があり得る場合の帰趨 知的財産管理 Vol.64 No.7 2014